Under The Darkness





「着きましたよ」


 京介君の声に、放心していた意識がハッと戻ってくる。

 渾身の力でずっとしがみついていたせいか、腕が強張ってしまってろくに動かない。

 これから撮影があるのになんてことをしてくれるのかと、恨みがましい目を向けた。

 京介君、メットを外した顔は意地悪に微笑んでいて。

 やっぱりわざと蛇行運転してやがったんだとカッとなる。


「あんな運転、」


 私が怒鳴りかけた時だった。


「みぃちゃんっ!」


 ハッと声がした方へと振り返る。


「悠宇!」


 駆け寄ろうとして前に出した足が宙を掻く。

 腰に手が回り、私の身体が持ち上がる。

 え? と思って違和感の元を視線で辿った。お腹に回る大きな手、風に靡く黒のコート。


 ――――京介君。


 彼が私の行く手を阻んだんだ。


「お前っ! このヤクザもんが! みぃちゃん離せ!」


 私を抱え上げる京介君に、セットを終わらせた悠宇が掴みかかる。

 京介君、私の足は地面に下ろしてくれたんだけど、腰に回る手はがっしり掴んだまま離れない。



「姉は今からメイクをするそうなので。連れて行きます」


 そう言いながら、京介君は悠宇に背を向け、私の身体ごとスタイリストさん達が居るワゴン車へと足を向ける。

 悠宇は背中越しにさらに言い募った。


「なんやねん、お前!? みぃちゃん離せ! 気安く触んな!」


「姉を連れて行くだけです。そんなに大声を上げて、余裕がないんでしょうか?」


 ふふっと嘲笑を浮かべ、京介君は居丈高に言い放つ。

 京介君のセリフに、悠宇は目を見開きカッと顔を紅潮させた。


「ふっ、ふざけんな! なんでお前がここにおるんじゃ! みぃちゃんにつきまとうストーカー野郎が!!」


「よく言う。それはお前のことだろう。虎視眈々と美里さんの心の隙を狙い、蛭《ヒル》のように吸い付き纏わり付く、隠れストーカー男に言われる筋合いはない」


 掴みかかってくる悠宇の手を素早く払い、汚らわしいとばかりに突き飛ばした京介君は、片微笑んだまま溜め息を吐いた。

 そして、妖艶な光を宿す双眸で、唖然と固まる私を流し見る。



「弱い犬ほど良く吠える。美里さん、飼うならもっと賢い犬をお勧めします」


「はあ!?」


 犬って悠宇のこと!? なんて失礼な! 

 暴言を吐く男を、首が痛くなるほどに睨み上げた。


「寄生虫のように美里さんに纏わり付き、あまつさえ飼い主に欲情する駄犬など目障りです」


「きょ、京介君、なに言うてんの!?」


「この犬を追い払いなさい。貴女が言うのです。去れと」


 私の耳元に唇を寄せ、うっすらと笑みながら毒を流し込む。

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