Under The Darkness




 ワゴン車の脇、低い手すりの向こう側から潮騒が聞こえてくる。車の影になりながら、私は掴んでいた京介君の手を乱暴に離した。


「……見損なった。少しでも期待した私がアホやった」


 堰を切ったように、我慢していた涙が零れ落ちる。

 そんな私を見て、京介君はイライラと舌打ちを鳴らした。


「何を泣くんですか。……それほどまでにあの男が大事だと?」


 憂いを滲ませた京介君の双眸が、冷たく細められる。

 京介君に対する恐怖より、怒りの感情が私を突き動かす。

 振り上げた手で、京介君の頬を打った。

 京介君、避けることもなくされるがまま、私の手を頬で受け止めた。

 京介君の頬がじんわりと赤く染まってゆく。


「当たり前やんか! ずっと一緒におったんやで!? 家族みたいなもんや! 大事に決まってる! それを、それを……っ!」


 悠宇は大切、大事な人だ。

 そう伝えた途端、私を捉える京介君の眸が凶悪な色を刷いた。


「……あの男を大切だという想いを、残らず捨ててしまえ」



 逆らえないほどの威圧を纏い、京介君は私に命令する。




「あの男の夢を叶えるのも潰すのも、お前次第だ」



 ――――お前など、早く独りになればいい。



 うっとりと凶悪に笑みながら、彼の頬を打った掌を京介君がそっと掬《すく》い上げ、自分の唇へと持っていく。

 手の甲にキスを落としながら、私の選択などわかりきっているとばかりに視線を送ってくる。

 触れるなと、私は手を引いた。

 京介君は卑怯だ。

 私が悠宇を守ると分かってて、辛い選択を迫る。

 ギュッときつく目を閉じた。


「……ひどい」


 我慢できなかった。

 涙腺が壊れたように、私の目からは涙がポロポロと零れ落ちる。

 京介君の顔に一瞬だけ上手くいかないといった慚愧《ざんき》の念が過ぎった。けれど、それはすぐに、唇に浮かんだ自嘲に掻き消されてしまう。


「……あの男のためになど、泣くな」


 苦しげな呟き。

 今もなお私に苦痛を与え続ける京介君は、離れようとする私の身体を縋る強さで抱きしめてきた。


 
< 260 / 312 >

この作品をシェア

pagetop