Under The Darkness




「あのヤクザに、なんにもされてへんねんな?」


 突き刺すほどの悠宇の視線を感じる。

 私は崩れそうになる無表情を何とか保ち、その言葉に小さく頷いた。



「……よかった! 電話してもみぃちゃん全然出えへんし、めっちゃ不安やったんや。あの後、なんやスポンサーが全然オレのこと離してくれんで、帰ろうとしたら引き留められての繰り返しやったんや。無下にも出来んしどないしよってめっちゃ困った。結局、朝方近くまでスポンサーの酌やらされて、オレ、何度かキレたしな」


 安堵に頬を緩める悠宇に、また金城さんの怒声が飛んだ。

 悠宇が「すんませーん」と接客用の笑顔で声を上げ、また元の体勢に戻る。



「……で? みぃちゃん、あの男になんか言われたな?」



 ギクリとした。

 顔を寄せたまま、悠宇は小さく呟く。

 私の無表情が一瞬で崩れ去る。


「……な、なんも言われてへんよ」


「何言われた?」


 私は無言を貫いた。

 何も答えることはない。何も伝えることはないから。

 これは全て私一人が処理するべき事。


「白状せんと、アイツの見てる前でキスしてやる」



 さらに顔が寄り、耳朶を食む勢いで囁いてくる。

 ぞくりと全身の産毛がそそけ立った。

 金城さんに指示された表情が完全に崩れ、私は悠宇に向き直り、声を荒げた。


「あっ、アカン! 京介君怒らせたら怖いんや! 悠宇何されるかわからん!」


「……脅しか。アイツに、オレのことなんか言われたな?」


「言われてへんよ」


 すっと目を細めながら、悠宇は私の動揺を敏感に捉えてしまった。

 無意識に、しまったと口の中で舌打ちが漏れる。


「隠すな。オレにわからん思たか」



 ――――みぃちゃんのウソは分かるんやからな。


 私の全てを見透かそうとする鋭い視線。

 コクリと息を呑んだ。

 違う、そうじゃないんだと、頭を小さく振る。


「言うたよな。オレはみぃちゃんが好きやって」


 ハッと大きく目を見開く。

 悠宇、すごく真剣な顔で、烈しい怒りを孕んだ双眸で、私を射貫く。



「こら、ふたり! さっきからふざけんな! なに話してるやがる! ちゃんと仕事しろボケが!」


「すんませんー、金城さん」


 金城さんの声に、悠宇がパッと表情を変え、笑顔で対応する。


「……あの男」


 風に運ばれ耳に届いた、京介君の激しい怒りを孕んだ低い呟き。

 私は全ての元凶である彼を見た。


「あ? 悠宇のことか? 馬淵のボン。あのふたりが醸し出す淫靡な雰囲気が俺は好きでねえ。最高にエロいと思わねえか?」


 金城さんの言葉に、京介君の眸が険悪に歪む。



「くくっ。けど、あの雰囲気。前となんか違うな? あのふたり、出来てやがるのか? 悠宇は俺のもんにするつもりだったのに。でも、美里も色気が出てきやがった。……いいねえ」


 いやらしい笑みを浮かべながら、金城さんはシャッターを切る。

 京介君は敵意を剥き出しにした顔を金城さんへと向けた。


「あ゛? 貴様、ゲイだろうが」



「俺はバイだ」



 にやりと片唇をつり上げながらカメラを構える金城さんに、京介君はイライラと鋭い舌打ちをもらした。





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