Under The Darkness


『キミに会えないなんて、辛いよ。キミは僕を好きになってくれない。怖がってばかりで僕を見たら逃げるでしょ? キミが小さな頃から、こんなにもひたむきに愛し続けているのに。どうしたらいいんだろう』


 困ったという顔で、私を覗き込んでくる。

 昏く澱んだ彼の眸に、私の怯える姿が映り込む。


『ママにも、パパにも。僕なんていらないっていわれてしまったんだよ? 僕はたったひとりになってしまったのに、キミは僕を選んではくれないの?』


 私は頭を振り続けた。

 ただ、恐ろしくて。

 気道が塞がったように呼吸すらままならず、声も出なかった。

 男は立てかけてある錆び付いた農具に目を遣ると、それを手に取り、私に刃先を向けてきた。


『ああ、可愛いなあ。キミを殺してしまうのは惜しいなあ。生かしておいたら、キミは今後、誰かに恋をするんだろうか。それは許しがたいなあ』


 ――他の男にくれてやるくらいだったら。ここでキミを抱いて、殺してしまおうか。


 男は狂気に駆られた双眸で、ゲームを楽しむような口調で話す。




『でも、残念。僕のココがちゃんと機能したら、キミの身体を堪能できたのに。可愛らしいキミを前にしても、役立たずなコレは、全然反応しないんだよ』


 ほら。


 そう言って、男は残念そうに自分の下腹部を押さえる。

 私、この男の異常な行動に、もうダメだと思った。

 今度こそ本当に殺されてしまうのだと、絶望に目の前が暗くなった。


『でもねえ、可愛いキミが血に濡れてしまうのも、くびり殺してせっかくの顔が不細工に歪んでしまうのも、見たくはないんだよねえ。だから、僕は考えたんだ。僕がキミの中で一番になる方法。一生キミの心に残る、最高の方法。やっと見つけることができたんだよ』


 ――ねえ、見て。


 男は小屋の端っこに置かれた、まだ真新しい一斗缶に手をかけた。

 事前に持ち込んでいたのかも知れない。

 その一斗缶だけが、この小屋にあるものの中で不自然なほどに綺麗だったから。

 一斗缶の蓋を開けて、男は重たいそれを持ち上げた。


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