Under The Darkness



 ――――あかん、やめて、やめて……!!


 漂ってくる匂いから、中身が灯油だと言うことがすぐに分かった。


『キミの心に深く、深く僕を刻み込むんだ。消えない傷をキミにあげる。ほら、見て』


 嬉しそうに微笑みながら、男は一斗缶を傾け、それを頭から浴びた。

 まるで、シャワーを浴びるように、全身が灯油で浸されてゆく。

 狭い小屋には息が出来ないほどに灯油の臭いが充満する。

 私はその場で嘔吐した。

 身体を二つに折って、胃の中のものを全て吐き出した。

 男は構わず灯油をまき散らす。

 それが私にも掛かり、恐怖した。


『僕はキミを愛してる。こんなにも、ほら! こんなにも!』


 空になるまで灯油を浴びながら、男は歓喜に叫ぶ。

 そして、男はグズグズに濡れたスーツのポケットからライターを取り出した。火を付けようとライターをいじくるけれど、ヌルヌルと灯油で滑って上手くつかなくて。

 その隙に、這いずりながら扉へと近付いた。

 男を残して転がるように外へと出る。

 男は、追っては来なかった。

 けれど、開いた扉から、私はみた。



 逃げる私を愛おしげに見つめながら、ライターの火が、とうとう着火してしまうのを。



 ボンッという音と共に、あっという間に辺りは深紅に染まった。

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