Under The Darkness
助けを求め、無意識に誰かの名前を呟いた気がした。
けれど、口の中で呟いた名前は、ナイフでコルセットを切り裂く音にかき消されてしまう。
誰に救いを求めたか意識する前に、全てが暗闇に飲み込まれそうになる。
穢される。また穢されてしまう。
―――もう、うんざりだ。
絶望の中そう呟いた時、誰かの切羽詰まった呟きが耳朶を掠めた。
「やめえ、もう、……美里……触るな……」
弱々しいその声。
聞いたことのあるその声に、反射的に目を開けた。
そこには、老人のように背を丸め、椅子に腰掛ける見知った男の姿があった。
―――豪――?
ぶつぶつと口の中で何か言葉を刻み続け、カッと両眼を見開いたまま、豪は食い入るように私を凝視していた。両手首より先に巻いた包帯からは、うっすらと鮮血が滲みだしている。
以前より筋肉が落ち、やせたその姿。
病的に落ちくぼんだ目は血走り、爛々とした昏い輝きを放っている。
まるで、生気が失われた死人のようだと思った。
彼の眼窩に広がる闇に吸い込まれそうで、背中を虫が這うようなおぞましさに、ゾッと悪寒が走った。
「……美里は…俺のもんじゃ。誰も、誰も触るな……」
ふらりと豪が立ち上がる。男達はそれに気付かず、私は豪に目を奪われたまま。
近寄った豪に一人の男が気付き、「なんだゾンビ野郎」と、眉をひそめながら侮蔑の表情を浮かべる。
豪はどろりと濁った目を男へと向け、足を振り上げた。
「ぎゃっ」
嘲笑う男を足蹴にし、ひっくり返った男を豪は容赦なく蹴り倒す。
包帯を巻いた手を庇いながら、豪はメチャクチャに男を蹴り上げた。
見ていた周りの男達も、豪を止めようと怒声と共に拳を振り上げる。
激怒し、自分に向かってくる男達の姿を捉えた豪の顔に、驚愕と激しい怯えが亀裂のように走った。
リーダーらしき男が鋭い舌打ちを響かせると、手にしたカメラを停止する。そして、酒焼けしたような掠れ声で、口の端から泡を飛ばしながらがなり立てた。
「……てめえ、ざけんなよ! お前を助けてやったのはオレら沢渡会だろーが! オンナ犯《ヤ》られんの指くわえて見てろ、このタマナシが! ただの捨て駒の分際で、オレらの邪魔すんじゃねえ!」
その声を合図に、私を取り囲んでいた男達が一斉に豪へと殴りかかった。
「おい! お前らソイツの手は狙うなっ!!」
リーダーの鋭い声に、豪を蹴っていた男達の動きが止まる。
「おっと。そうだった。やべえやべえ」
ヘラヘラ笑いながら、男達は豪の背中を狙い、蹴り出した。
「……ヒィッ、やめ、やめ……っ」
恐怖に奇声を発しながら、豪は抵抗することなく蹴られるがまま、怪我した手を庇うように背を丸めている。そして、力を無くしてその場に頽れてしまった。
私が知っている豪は、仲間からも恐れられるくらいケンカが強かったように記憶している。
けれど、目の前の豪は、男達の姿に怯えガタガタと震えながら、大きな身体を小さく縮めるのみで。
私は、彼の変化に瞠目した。