Under The Darkness
「誘拐した彼女の息子は? 無事?」
身体の奥から沸き起こる怯えを抑え込み、私は必死で問うた。
あのスタイリストの女性の息子。
攫われた息子さんは無事なのか、狂おしいほどそれが知りたかった。
目を丸くする男に、私は必死で言い募った。
「お願い。教えて」
「ふふっ。どーだろうねー? 誰も通らない山奥に置き去りにしてきたからな。誰にも見つかんなかったら、来年辺り白骨にでもなって見つかるんじゃねえ?」
面白いことでも話すような口調で、恐ろしい言葉を口にする。
私は渾身の力で男の胸ぐらを掴んだ。
「ふ……っざけんな!! なんてことしてくれんねん!! その子をどこに置いてきた!? 言え!!」
薬のせいでほとんど力なんて入ってない。
けれど、それでも、この男達がやったことを許せなかった。歯を食いしばり、絞め殺す勢いで男に迫った。
煩いとばかりに、掴んだ手を振り払われる。そして、男はしらけた口調で吐き捨てた。
「褪《さ》めるわ、っさいな。見つからねえよ。顔見られてるしな。あの女共々、仲良く山小屋ん中で凍死するか餓死するんじゃねえの?」
山小屋。それは、どこの山にある小屋を指すのか。
私はクラクラする頭を叱咤しながら、言葉を重ねた。
「……お願いや。なんでも言うこと聞く。なんでもやったる。言われた通りにする。足舐めろ言われたら舐めたる。せやから、お願い。それはどこにある小屋なん? 教えて?」
今度は甘えた口調と視線で、媚びるように男を見つめてみる。
誘惑などしたことなんてない。
上手くいくかなんて分からない。
けれど、なんとか情報を聞き出さねばならないと、私はなりふり構っていられなかった。
人の命がかかってる。
私はきっと、このまま暴力を振るわれるだろう。
けれど、その後、なんとかここから抜け出し、彼女たちを絶対助けてやる。
そのために、私はプライドを捨て、男に縋った。
男はまんざらでもないにやけ顔で、私の顎《あご》に手を置いた。
「……ふうん、外人みてえなオンナ興味なんてなかったんだけど。やっぱモデルやってるだけあって、色気はあんのな」
そう言って、味見するように私の唇を舐め上げた。
気持ち悪さにグッと歯を食いしばる。
男の身体に染みついたタバコの匂いが私にも伝染しそうで、ゾッとした。
けれど、躊躇《ちゅうちょ》してはいられない。私は精一杯蠱惑的な表情を作った。
「……この身体、アンタの好きにしてええ。だから、お願い。場所、教えて?」
「ふふっ。案外カワイーんじゃねえの、お前。どーせ逃げらんねーんだし、いっかな。テープ撮ったら、タマナシここに残してお前はオレ達と沢渡会までご一緒だし? 知っても、お前一人じゃどーもできねえしな」
デレた顔で「オレの言うこと、なんでも聞けよ?」そう念を押し、ピアス男は私の耳元に唇を寄せ、声を顰《ひそ》めた。
―――隣の県、櫻岳山頂付近の小屋。あっこに小屋は3カ所しかねえ。探したら見つかるかもよ?
私の耳を食みながら、『見つかるわけねえがな』と、低い嗤いをもらす。
「……危害は加えてないんやね?」
「あ? 眠らせて縛ってるだけ。あんな年増オンナ、ヤっても楽しめねえしな」
ククッと嗤いを噛み殺す男に、私はホッと胸をなで下ろした。
危害は加えられてない。
早く見つけてあげないと。夜が来たら、寒さに耐えられないかも知れない。
――時間がない。
私は覚悟を決め、早く終わらせろと目を閉じた。