Under The Darkness
「京介君っ!!」
建物から出てきた京介君達を押し潰すようにして、建物がぐしゃりと均整を崩した。
地響きを轟かせながら建物が倒壊する様を目の当たりにして、私は声を嗄らすほどに叫んだ。
「きゃああっ、京介君!? 京介君!!」
もうもうとした土煙の中、その煙をかき分けるようにして、舎弟さん達に支えられた京介君の姿が目に映る。
私はお父さんの腕を振り切って、京介君に駆け寄った。
声を上げて泣きながら、京介君に縋り付く。
京介君はしがみつく私の肩に、甘えるようにこつんと頭を乗せた。
目に飛び込んできた彼の首筋が驚くほどに白くて。
ハッと息を呑む。
「京介君、大丈夫や、大丈夫。病院行こうな」
自分に言い聞かせるようにして呟く。京介君は肩に頭を乗せたまま、静かに口を開いた。
「……美里さん。貴女が恐れる…ものは、一つ残らず、全て、私が連れて……いきましょう。だから、貴女はもう『愛』に…脅える必要は…ない」
ゆっくりと、荒い息の中、ささめくように告げられるその言葉。
彼の言葉が不思議なほどすっと胸に染み込んでゆく。同時に、その言葉に言いようのない不安を覚える。
ふいに、京介君が私の左手首の飾りを掴み、引き抜いた。
私は無意識に腕を引いてしまう。
剥き出しになった手首の傷。
私の中で最も醜い、弱さの象徴。
「貴女には、こんな…もの…必要ない」
そう言って、傷を隠していた飾りが京介君の指からポトリと落ちた。
私は、怪訝な顔を京介君に向ける。
肩越しに、京介君が微笑んだ。
「恥じる、ことは…ない。この傷すら、貴女…自身。美里さんは、誰よりも…気高く、美しいのだから…」
――貴女は、決して手の届かない高嶺の花。ほんの一時でもそばに居れた。私はもう、それだけでいい。
聞き取れないほどの小さな声で、偽らない彼の本音が告げられる。
笑みを浮かべたまま、コポリと京介君の口から血が溢れた。
「京介君!? もうアカン! しゃべったらアカン!!」
京介君の背をきつく抱きしめた。
灼けるような熱を持った身体。
掌に伝わる湿った感触が、先ほど触った時よりも遙かに広がっていて。
「……京介君……!」
思わず漏れた私の声が、不安に濡れていた。
私の肩からずり落ちた京介君が激しく咳き込む。
俯く地面にボタボタと大量の血が吐き出される。
「イヤや、京介君っ……!」
「ぼっちゃん!?」
舎弟さんが京介君の身体を引き起こす。
固く目を閉じたまま、京介君の戦慄く唇が、私の名前を刻んだ気がした。
そして、淡い笑みを浮かべたまま、力を失った京介君の身体は、糸が切れた人形のように弛緩してしまう。
舎弟さんから京介君の身体を奪い取り、きつく抱き竦めた。
「……京介君。ウソやろ、なんで?」
固く瞼を閉ざしたままな京介君の額に、私は自分の額をくっつけた。
唇に触れるような近さで、嗚咽に声を引き攣らせながら、何度も何度も名前を呼ぶ。
……京介君の吐息が感じられない。
笑みを刷いた唇からは、もうなにも言葉は出てこない。
横たわる京介君の体温が冷たい大地に奪われてしまう。流れた血液が地面に吸い取られてしまう。
抱きしめる京介君の身体がゆっくりと冷たくなる気がして。
私の中で、何かが音を立てて崩れ落ちてゆく。
「あ、あ、ああああああああああっ!!」
私は京介君を抱きしめたまま、狂ったような叫びをあげた。