Under The Darkness
それから私はずっと……薬で眠らされている状態だった。
どのくらいの日数が経ったのか、正直私にはもうわからない。
目覚めるたびに、京介君を探しに病室を抜け出そうと暴れる私を、医師達は何度も薬を打ち自由を奪った。
今腕に刺さるこの点滴にも、『安定剤』と言う名の私の自由を奪う薬が混じっているんだろう。
常に睡魔に襲われて、二十四時間のうち意識のある時間なんてほんの一握りしかなかった。
意識のある貴重な時間で、鉛のように重い体をベッドに横たえながら、朧《おぼろ》な意識の中、京介君の事を考えた。
ふと、左手首を持ち上げてみる。
脱出できないように四肢がベルトで固定されている状態だから、持ち上がってもわずかだけ。
顔を少し起こして、視線を左手首に向けてみる。
そこに刻まれた醜悪な傷痕。
この傷を見た時から、京介君の態度が変わった様な気がする。
その理由はどこにあるのか。
最初は良く分からなかったけれど、今こんな状態になって初めて、私、分かったんだ。
私の手首の傷を見て、京介君は恐怖したんじゃないかな。
放っておいたら、私が死んでしまうんじゃないかって。
自殺してしまった自分の母親みたいに――。
絶望した私がまた身体を傷つけて、自分の目の前から消えてしまうんじゃないかって。
京介君は、そう思ったんじゃないかな。
――そしてまた、自分だけが取り残される、と。
だから、あの時から京介君の態度が緩やかに少しずつ、変わっていったんだと思う。
今なら分かるよ。
痛いほど分かる。
京介君が目の前から消えたら?
もう二度と、逢うことができなくなってしまったら?
私は――――どうする?
どうしたらいい?
その考えに、身体が凍りつく様な衝撃が走る。
身体も、心も、凍えてしまうほどの恐怖。
まるで、ゆっくり死んでゆくように、冥い闇が心を侵食しだす。
……やっぱり京介君なんて嫌いだ。大嫌い。
私に向けてくる想いは熱く、そして、私を縛り付けるほどに激しくて。
それなのに。
どうしようもないほどに私を翻弄して、私の心まで食い尽くした挙げ句、最後は私の前から消えてしまうの?
明確な言葉はなかったけれど、京介君が時折零したセリフは、今までみたいに恐くなかったのに。
他の誰に何を言われれても、恐怖しか感じなかった『愛』するという感情。
京介君は、私が抱える弱さや脆さの象徴であるこの醜い傷跡に触れてくれた。
愛おしむようにキスまでしてくれた。
この傷を隠す必要はないのだと、左手首に刻まれた醜い傷ごとひっくるめて、私は美しいのだとまで言ってくれた。
京介君が初めてだったのに。
愚かな過去の私ごと全てを、まるで受けとめてくれるような仕草で、言葉で、優しく触れてくれた存在なんて。
――……本当に、本当に嬉しかった。
私、嬉しかったんだよ、京介君。
それなのに、いなくなるなんて、私はどうしたらいい?
やっと、私が愛せる人間に巡り会えたと思えたのに。
耐えられない。
一人は嫌だ。
一緒にいたい。
ずっと、一緒にいたいよ、京介君。
――……ああ、意識がまた遠くなる――。
私は重たい瞼を、流れる涙をそのままに、ゆっくり閉ざした。