Under The Darkness
――医者曰く、私は過度な精神的ストレスが原因で一時的に喋れなかったらしいんだけど、京介君が現れたと共に声が戻り、普通に話せるようになり、状況はみるみる改善していった。
そして、お見舞いに来ていた父さんに、ずっと聞きたかった事件のその後を、やっと聞きだすことが出来たんだ。
銃弾を受けた京介君の傷は、致命傷ではなかった。
でも、病院に搬送された時には、大量の失血と爆風による火傷が原因で、京介君の心肺は停止している状態だったという。
こうして無事生還できた大きな要因は、一緒だった舎弟さんが施してくれたテーピングが、それ以上の失血を抑えてくれたことと、病院到着までの十数分間、心肺蘇生術を繰り返し行ってくれていたことだと、医者は語ったそうだ。
病院到着後、引き続き心肺蘇生とすぐさま大量の輸血を施され、何とか持ち直しはしたが、危険が回避したわけではなく、その後何度か危ない状況があったらしい。
持ち直した後も、ずっと意識不明のまま、目が覚めたのは事故後1ヶ月以上経ってのことだった。
そして、開口一番、『美里さんの傍に行きたい』と言ったので、さらに半月後、医者の許可が出たと同時に、私の部屋にこうして移ってきたのだと、お父さんは説明した。
「まあ、京介は殺しても死なないよ」
ははは、と笑う暢気な父に私はプチッと切れた。
「ほんなら病院で『美里ちゃんだけは無事でよかった』なんて、あたかも京介君が『死んでしまった』みたいな言い方したんよっ」
「え? だって病院に着いた時は心肺停止状態だったし、持ち直してからも生死の境を何度も彷徨《さまよ》ってたし。美里ちゃんだけでも命が無事でよかったなって」
お父さんの表情には『え? なんで? どうして怒ってるの?』と疑問が浮かび、さらに私の怒りに油を注いだ。
「お父さんの言葉のせいで、私がどんだけ、……どんだけ苦しんだと思うんっ」
グラグラと発火寸前な頭で、私は叫んでしまう。
しょんぼりするお父さんに、京介君はすかさずフォローを入れたんだけど。
「美里さん。父さんは空気が読めない上に、物事を深く考えずに思ったままを自由に話す人なんで、許してあげてください」
「なにそれ、意味が分からんわ! 微妙すぎて、貶してるんかフォローしたいんか、どっちなん!? それに、なんで私はずっと薬づけにされてたんよっ!!」
京介君の微妙な言い回しに、私の怒りはさらにヒートアップしてしまう。
「……だって先生が、自殺の可能性があるって言うから。目が覚めたら覚めたで、美里ちゃん大暴れして怪我までするし、何度も点滴引っこ抜いちゃうし。仕方なく先生の言うとおりにしたんだよ、ごめんね」
しょぼーんと項垂れたお父さんは、悲しげに私を見つめる。
その姿はまるで、飼い主に怒られた大型犬のようで可愛くはあったのだが。
「ううぅっ」
確かに大暴れして点滴引っこ抜いたり、点滴スタンドを振り回したり、やりたい放題だった気がしないでもない。
そのせいで、腕やら足やらに打ち身を作ったりもしたんだけれど。
身に覚えがありすぎる私は、それ以上の抗議の言葉を飲み込んだ。
「美里さん落ち着いて」
にっこり笑いながら、京介君は私を宥めにかかる。
今なら聞いてもいいかな?
気になってることがあったんだ。
「豪は……豪はどうなったん? 誘拐されたスタイリストさんの息子さんは無事?」
「大丈夫です。息子さんもお母さんも、無事に発見して我々が保護しました。お二人に怪我などの外傷はなかったそうです。今はもう、息子さんは元気に小学校に通ってますし、お母さんも仕事に戻ってらっしゃるとの報告がありました。先日まで私達の手のものに警護をさせていましたが、それも必要ないと判断しました。もう心配はいりませんよ」
京介君はにこやかに説明してくれた。
私はその答えにホッと胸を撫で下ろす。
気になっていたことがひとつなくなり、私達の問題に巻き込んでしまった負い目が少しだけ軽くなった気がした。
でも、退院したらちゃんとお詫びをしなければと、私は思った。
「それと。豪のことですが」
ハッと京介君に視線を戻す。
真剣な彼の表情に、緊張が走った。
「現状、消息は不明とのことです。崩れた建物から身元不明の焼死体が出たと聞いていますので、もしかすると、それが豪なのかも知れません。あと、美里さんに乱暴を働いた男達も、田口組の元組長も、豪の父親の若頭も、二人を捨て駒にして貴女を狙った沢渡会も。それ相応の報いは受けて貰いましたので、危険はなにもありません」
京介君の言葉に、お父さんはうんうん頷く。