Under The Darkness





「賑やかやな、お父さんは」


 お父さんが田村さんに心を許しているのが分かって、自然と顔が綻んでゆく。


「誤解してはいけませんよ。蘭奈さんに20年近くつきまとっていた、父さんは根っからの変質者です。人畜無害な無邪気さを装っていますが、あれは全て計算。嘘なのです。決して騙されないように」


「ヒドイ言いようやな。それがホンマなら、京介君は間違いなくお父さん似やで?」


「顔は母にそっくりですが」


 ――貴女、怖がっていたでしょう?


 京介君はじっと私を見つめながら言う。

 私は、今はもう怖くないと頭を振った。

 ホッとした表情を見せた京介君は、今度は探るような目を向けてくる。

 今度は何を言われるんだろうと緊張が走った。


「ねえ、美里さん。私が死んだと勘違いした貴女は、何を思いましたか?」


 その問いに、私はギクッと肩を揺らしてしまう。


「……び、びっくりした」


「それだけ?」


「――せいせいした」


「病室で私に抱きついて、あんなに号泣したのに?」


「………………」


 ――それ言うの反則です。

 私、今めっちゃ動揺してるのに。

 私の中に渦巻くこの気持ちの『答え』を知ってしまったから。

 そして、その気持ちを伝えることが出来ないのだと、分かってしまったから。

 もう、つつかないで欲しかった。


「でも、仕方ないですね。私はそれだけのことを貴女にしましたから」


 京介君はそう言うと、悲哀のにじむ視線を私に投げ、溜息をこぼす。


「なんや、自覚あるんやん」


「もちろんです。わかっててしましたから」


 サラッと、なんでもないことのように話す京介君に、私はムッとしてしまう。



「最悪やな、アンタ」


「ええ、性格悪いんですよ、私」


 ニヤリと笑って『知ってるでしょ?』とか意地悪く言う。


「……もちろん知ってるけど」


 身をもって知っている。

 憮然とする私に、京介君はフフッと笑った。

 そして、急に真剣な顔を私に向け言った。


「私は貴女に、明確な言葉として言ってなかった想いがあります。言うつもりはなかった想いです。聞いていただけますか」


「っ! ふ、ふうん……でも、なんで今言うん? 言うつもりなかったんなら、言わんでもええんちゃう?」


 それが、京介君の偽りない告白なのだとしたら。

 今それを聞いたとしても、私は毅然と答えを返すことが出来るだろうか。

 どれほど彼を想っていても、誰にも渡したくないほどに好きでも、私は否を返さねばならない。


 ――姉として。


 だから、あと少しだけ。

 私に宿った『愛する』という感情に浸っていたい。

 先にあるのは別れしかないのだとしても、せめて日本にいる間だけは。

 まだ、答えを急きたくはなかった。


 私は何とか話を逸らそうと意識を集中させた。 


「貴女は明日、退院してしまいます。不安なので退院前に言っておきたいんですよ」


「……言うつもりなかったのに?」


「ええ。方針を変えました。今、試行錯誤中なんです。間違ったら素早く方向転換しますから、私」


「……柔軟な考えやけども、それに振り回されてる私ってなんやねん」


「くくっ、不幸ですねえ」


「人事やな、あんた」


「……美里さん? さっきから微妙に話逸らしてませんか」


 あ、バレてる……。

 こめかみから冷たい汗が流れてしまう。

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