Under The Darkness




「……知ってるんですね、私の言いたい言葉を。なのに、私を試すことを言う。貴女は本当にひどいオンナだ」



 京介君の目は、無言で私に威圧をかける。

 非難するような、そんな顔で私を睨んでいた。


「……ま、人の想いなんて時間と共に変わるもんや」


 言いながら、私の胸にズキッと苦い思いが広がる。


「……変わる? ふざけるな。どれほどの長い時間、美里さんだけを想ってきたと思うんだ」


 そのセリフに、心が白旗をあげた。

 取り縋って、何もかも捨てて、彼の胸に顔をうずめて泣きたくなる。

 心が激しく傾き出すのを、私は歯をグッと食い締めて、耐えた。



 でもね、京介君。

 今はそうでも変わるよ、絶対。

 私は長い時間の中、色んな人と出合って、辛い過去から今の私に変われたんだ。

 京介君も変わる。

 長い時間の間に、いろんな人と出合って恋をして。

 そうしていつか結婚して、『あんなこともあったな』って思える時が来る。

 だから、今急く事はないんだ。

 同じ血を持つ者同士が、肉体関係を含む、恋人や夫婦以上の深い絆・繋がりを持ってはいけない。


 ――――それに、京介君が抱える想い。それは、『愛』じゃないと思いたい。


 その言葉は私の胸に新たな痛みをもたらす。

 京介君の想いの根幹にあるものは『執着』だ。

 その想いの強さに『恋』だの『愛』だの勘違いしてるだけ。

 私はそう思いたい。

 それは、『恋愛』じゃないのだと。



 そうしないと、私は京介君に縋るよ?


 今はいい、それでも。

 でも、きっと京介君は後悔する。

 私を受け入れてしまった事を。

 私は世間から認められない関係を、京介君に強要したくない。

 例え京介君自身が、それを望んだとしても。

 京介君には普通の人生を歩んで欲しい。

 そうして、普通の幸せを手に入れて欲しい。

 大人になって振り返ったらきっとわかる。

 だから、京介君も長い時間考えて結論を出せばいい。


 ――私は、自分の中で芽吹いた小さな、けれど、この激しい想いで、京介君を縛りたくはないんだ。


 だから、私は……逃げる。

 京介君にも、私から逃げる猶予をあげる。

 そして、逃げるのは、恐らくこれが最後。


「うん。変わってなかったら、その時ちゃんと聞かせてや」


「……全く……そんなに今聞きたくないですか」


「うん。まだ色々考えたいしな。時間が欲しいねん」


「ふふ、分かりました。では一時休戦ですね」


 京介君は溜息をつくと、苦笑いを浮かべた。


「そうしてくれるとありがたいなあ」


 そう言って、私に時間を与えてくれた京介君の――優しい変化が嬉しくて、笑った。



 ふいに、にっこり笑った京介君は、私に『おいでおいで』と手招きする。

 まだリハビリ中の覚束ない足で、私はベッドから離れると、そのまま京介君の傍まで寄っていった。


「ひぎゃっ」


「捕まえた」


 京介君は、私の腰に腕を絡ませてそのまま自分のベッドへと押し倒したのだ。


「私は決して貴女を諦めませんよ」


「……アンタはしつこそうやからな……」


 溜息混じりにそう言ってやる。

 そして腕の拘束を外そうとするのだが。


「……なんで抱きつくかな」


 私の問いには答えず、さらに拘束をきつくする。


「本当に、中国へ行ってしまう気ですか」


 切なさの混じる声。

 胸にナイフを突き立てられたような痛みが走る。


「……うん。私の夢やから。叶える為にいくんや」


「行かないで下さい」


 京介君は私の耳に顔を擦り寄せながら、甘えるようにして懇願する。


「それはあかん。私が決めたことや。京介君、悠宇のこと駄犬や言うたな? あんたは狂犬とか呼ばれてるみたいやけど、京介君は『待て』が出来る賢い犬になれるやろか?」


「……私を犬扱いですか。いい度胸してますね。けれど、貴女が望むのなら。犬にでも何でもなってやりましょう。でも」


 ギュウッと私を抱きしめる腕に力がこもる。


「私は貴女を追いかけます」



「そんな気ないくせに」


 京介君は、日本を離れられないよ。

 京介君の肩には、いっぱい重いものが乗っているでしょ?

 貴方は、次代の二代目組長様なんだから。

 京介君が私を助けに来た時、思ったんだ。

 この世界で生きる覚悟が、もうすでに京介君にはあるんだなって。

 だから貴方は、私と一緒に行くことは出来ない。

 でしょ? 


「……本当にむかつきますね。なんでそこまで私のことわかるんですか」


 拗ねたような眼差しで私を見る京介君に、私は少し笑ってしまう。


「……なんでやろなあ……血が近いからかな?」


 京介君は私の顎に手を置いて、自分の方へと顔を向かせた。


「貴女のこと、抱いていいですか」


 京介君は少し笑みながら、でもその表情にはうっすら緊張が走る。

 私は苦笑した。


「イヤや言うたらやめてくれるん?」


「残念ですが。美里さんが何を言っても、私は今から貴女を抱きます」


 ……ああ。

 私の決心が揺らいでしまう。その言葉だけで、こうも容易く揺らいでしまう。

 もう、肌を合わせてはいけないって、それはいけないことなんだって、わかってるのに。

 でも。


 ――――日本にいる間はいいかなって。


 日本にいる間だけは、京介君を欲しても、求めてもいいかなって。


 背徳感や罪悪感、禁忌さえも二の次になってしまう、貪欲なこの想い。



 ――だって、これが最後なんだから。



 そう言い訳をして。



 ほら、瞬く間に境界線が低くなっていく。


 ――――私だって、京介君が欲しいんだよ。


 私の迷いを見て取ったのか、ニヤリと笑った京介君は、私に構わず覆いかぶさってこようとする。


 私は彼の身体を押しのけて言ってやった。


「そんなんしたら、傷が開いてまうやんか。……しゃあない、わかった。今だけ、こんなんするんは今だけやから」



 ――――私が京介君を抱いてあげる。



 とうとう境界線が最低ラインにまで堕ちた私は、自己嫌悪に苛まれながらも覚悟を決めて京介君を見上げた。

 そしてそのまま体勢を逆にし、私が京介君の上に乗っかってやった。


「……そうきますか」


 京介君の顔に浮かんだ驚きと、唇に浮かんだ淫靡な笑みをみて、私はちょっとたじろいでしまったんだけど。


「ふふっ、貴女は本当に飽きない人だ。一生、手離せそうにありません」


「一生? やっぱりアンタはストーカーやな」


「ええ。貴女を物陰から十年以上見続けていた、筋金入りのストーカーです」


「アンタからは逃げられへんのかなぁ」と、私は諦めの交じる声で笑った。


 京介君の服を寛げながら、私は思う。

 今はこうして、情熱的に私の身体を求める京介君も、時が経てばきっとその想いも変わるんだろう。

 そうしていつか京介君は、自分に好意を持つ女性の中から、伴侶を選ぶ時が来る。


 でも、今は。


 今だけは、この男は私のものだ。


 だから今だけ、私にこの男を独占させて欲しい。

 まだ見ぬ京介君の恋人に、未来の伴侶に、私は謝罪する。

 今だけだから、許して欲しいと――――。









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