Under The Darkness
私は大きなスーツケースを前に、視線をターミナルへと移した。
飛行機の離着陸をなんとはなしに眺めながら、出発までに間にあってよかったと思う。
どうしても、今、京介君に渡したいものがあったんだ。
「金城さん、持ち込み機材ってこれで間違いないですか?」
私は大量の機材を前に、空港で最終チェックを始める。
「……んー、そんなもんだな。足りなかったら現地で調達するさ」
金城さんはタバコを銜えながら、適当に返事するのだが。
「ちゃんと見てくださいよ。もう! なにうろうろしてるんですか! 落ち着いてくださいってば。悠宇はまだ来ませんから」
「……悠宇、いつ来る?」
「あと三十分くらいですかね? 栞ちゃんは卒業してからの現地集合らしいです」
当初、中国撮影班に参加するのは私を含めた3人の予定だった。
途中、急遽一人増えて4人になったんだけど、同行する最後の一人は、なんと栞ちゃんだった。
――やりたいこともないし、美里と一緒に写真撮ってみようかな。
そう言って、栞ちゃんは私と一緒に中国へいくのだと決めたらしい。
栞ちゃんの突然で突飛な行動には、さすが大阪でも有名な総合病院の末娘、少女にあるまじき剛胆さだと唖然としたんだけど。
それにしても、どんなコネを使ったのか気になって聞いてみたら、『男なんて愚かな生きもんに美里渡すぐらいなら、政治家にでも頭下げるっちゅうねん』なんて、冗談を言って笑い飛ばしていたんだけど。
本当だったらそれはそれで怖いなと、話を聞いた時、私は苦虫を噛み潰したような微妙な顔になってしまった。
荷物チェックをしながら、ちらりと金城さんに視線を向けてみる。
すると、金城さんは、無精ひげを指で弄びながら、彼の目は常に空港の出入り口に釘付けになっていて。
私、思わず吹き出してしまった。
「悠宇はただの見送りですから。合流は悠宇の予定が開ける来週末でしょう?」
私は呆れながらも事前に聞いていた予定を確認する。
「うーん、そうなんだけどよ」
硬い漆黒の髪を短く切り揃え、ツンツンに立たせた髪先を指で弄りながら憮然と答える。
人を寄せ付けない三白眼を伊達眼鏡で隠し、銜えタバコのままイライラと足を揺すっている。
無精ひげや髪を触ってみたり、貧乏揺すりをしてみたり。
落ち着かないことこの上ない彼の様子に、溜息が漏れてしまう。
精悍で野性味のある金城さんなのだが、実はその興味は全て悠宇に注がれている。
当の悠宇は、『迷惑千万』と切り捨てているのだが。
「時間あったら美里も撮らせろよ。その金髪似合ってるから是非撮りたい」
金城さんは私の金髪の頭に手を置いて、ポンポンと軽く叩く。
「もともと金髪なんですって。私ってばロシア人のおばあちゃんの血が濃いんで」
「だろうな。生粋の日本人には見えない」
「バリバリの関西弁ですけどね」
「撮らせろ」
「くたびれたこんなカッコでよかったら」
「それでもいいや」
「じゃあ、いいですよ」
そんな会話をしていると、ロビーに京介君の姿が見えた。