Under The Darkness




「京介君、もしかしてもう恋人とかおったりするんちゃう? あ、もしかして結婚とかしてたりする? その落ち着いた感じは、やっぱり支えてくれる人が傍におるからやろ? 姉として、私にもちゃんと相手紹介してや」


 瞬間、京介君の表情が固まった。

 ほら、私が思ったとおり。図星を指された、そんな顔。

 やっぱり京介君は、別の人を選んだんだね。

 それでいい。そう思う。

 締め付けられるように痛む、この胸に巣食うどす黒い独占欲は、私の過去の想いが見せる―――ただの残像。

 残像で終わらせなければならない想い。


「……っ! 痛っ」


 私の肩を掴む京介君の手に力がこもる。

 余りの強さに、私は顔を顰めて京介君を睨んだ。


「……忌々しい……。このまま監禁して、私の手元で貴女を飼うことも出来るんですよ?」


 京介君の目には歪んだ狂気が宿り、発せられる凄まじい威圧感に、私の身体は反射的に竦み上がった。


「私が、心変わりしたと……その程度の想いだと、貴女は軽んじるわけだ」


「……五年半って期間は長い。人の心が変わるには充分な歳月が流れたんやで。京介君は変わったやろ? もう……変わってしまったんやろ?」


 ――――ああ……私、きっと今泣きそうな顔してる。


 絶対、笑って……笑顔でいられる自信があったのに。


 ……あかんなあ、私。


 私の言葉に、京介君の瞳に浮かんだ鋭さがフッと消えた。




「私の心が変わるのが、私が貴女から離れてしまうのが、恐かったんですか? だからいつまでも帰ってこなかった? ――どうして?」


 その答えが聞きたいのだと、京介君の目は私に問う。


「――っ」


 そんなこと、答えられるわけないじゃないか。


 ――……答えられない。


「約束、覚えていますか?」


 京介君は、私を見つめてそう問うた。


「……忘れてへんよ」


 忘れるはずがない。

 私はこの日がずっと恐かったんだから。

 人の心は月日と共に変わってしまう。

 私にはその変化ごと、受け入れる覚悟が必要だった。

 でも、卑怯な私は、自分から進んで結果を導き出すことが出来なかったから、全ての判断を京介君の意思に委ねたんだ。

 京介君の気持ちに、全てを委ねた。

 受け入れると、京介君を不幸にしてしまう。

 拒絶すると、私は再び――愛を失ってしまう。

 ――私は、長い時間をかけてさえ、どちらも選べなかった。

 でも今は、京介君の未来を、私は望んでいる。

 彼のゆく未来《さき》に、きっと邪魔になるだろうこの愛を――失う方がずっといい、そう思えるようになったから……――私は戻ってきたんだよ、京介君。


 ――――でも、やっぱり私は……恐かった。


 京介君を失うのが、恐かった。


 私はこの日が恐くて、恐くて――――。


 ずっとズルズル帰って来ることが出来なかったんだ。




「もう、言ってもいいですね」


 京介君の両腕は、私の背中へと回され、逃げられないように拘束する。

 そして、彼の瞳は私に覚悟を決めろと迫る。


「――――うん。聞いとく」


 私は、覚悟を決めて瞳を閉じた。

 京介君の言葉を――――私の気持ちにピリオドを打つ、死刑宣告を静かに待つ。


「私は、ずっと……ずっと昔から、貴女を愛しています。この想いは、これからも決して変わらない」


 私は驚きに目を見開いて、京介君を見上げた。


 ――――変わってないの?


 京介君の気持ちは、本当に変わらなかったの?


「……本、当に?」


 心に巣食う不安が払拭されず、私はつい聞き返してしまう。  


「当たり前です。貴女は臆病だから、いつになったら覚悟を決めて戻ってくるんだろうと、私はそのことだけがずっと気がかりでした。行方知れずの貴女を、鄙《ひな》びた農村などで見つけるたび、このまま連れ去ってしまおうかと何度思ったか」


 溜息をつきながらそう言うと、京介君は腕の拘束を解き、私の左手の指を自分の指と交差させるようにして絡ませる。

 そして、お揃いのピアスが嵌まる私の右耳へ顔を寄せると、腰が砕けるほど蠱惑的《こわくてき》な声で囁いた。


「貴女を愛してます。私と共に、この先ずっと――ずっと一緒にいてください。…………さもないと、このまま貴女を殺して私も死ぬ」



 最後の一言は明らかに脅迫だろうと、私は思わず噴き出してしまった。

 掌から京介君の温もりが伝わる。

 私はギュウッとその手を握り返した。

 笑いながらも私の目からは、ずっと我慢していた涙が次々と溢れ出す。


「脅迫って……なんで変わらんかなあ……京介君はほんまに……アホやなあ、アホや。普通の人生歩めたのに」


「ええ、私は美里さんに対してだけ、貴女に狂う愚かな犬に成り下がってしまうのです。私は貴女に、普通の人生を歩ませる気なんて最初《はな》からなかったですよ。私が必ず手に入れると決めていましたから」


 互いの鼻が触れ合うほどの近さで、京介君は私に顔を寄せて囁く。

 私は、嬉しいと同時に悲しくもあった。

 京介君に幾つもの『禁忌』を荷せてしまうことになるから。

 誰にも言うことの出来ない関係。

 誰からも祝福されない繋がり。

 でも、私は京介君を手放せない。

 離れたいって言っても、もう京介君を離せそうにないよ。



 ――――だって、私も貴方を愛してるから。




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