Under The Darkness
「ははっ、子供かアンタは。これはもう、一度お姉様モデルに喰われて鍛えてもらわんとアカンのとちゃう? 泣き虫、きっと治るで」
そう言って、ふふっと笑った時だった。
私の背中にまわっていた悠宇の腕が外れ、突然悠宇の身体が真横に吹っ飛ばされる。
ハッと目を向けると、長い京介君の足が私の前で静止して見えた。
美しい舞いのようにして、その足がスッと地面に落ちる。
「私の姉に気易く触れるな」
ひっくり返る悠宇を睥睨する京介君の双眸に、激しい怒りが焔《ほのお》のように揺らめいてみえた。
京介君の腕が私の身体を掴み、悠宇の視界から隠すようにして抱き寄せる。
悠宇は、いきなりのことで言葉を完全に失い、倒れ込んだまま京介君を唖然と見上げていたんだけど。私の肩に回る京介君の腕を見て、目を吊り上げた。
「しばらく静観してましたが。これ以上は我慢ならない」
柳眉を逆立てて、憎しみに似た怒りを露わにする京介君を、私は言葉なく呆然と仰ぎ見る。
地面に伏した悠宇は素早く立ち上がると、猛然と京介君に食ってかかった。
「なんやねん! お前誰や!? お前の姉ってなんやねん!? お前こそみぃちゃんに気易く触んなボケがっ!!」
悠宇の怒声を、京介君は超然とした顔で一瞥すると、おや? といった感じで器用に片眉だけを跳ね上げさせた。
「……見たことある顔だな」
両目を眇め、ボソリと呟く。
「あ!? なんやて!? お前、何もんや!」
悠宇の声を一切無視して、京介君は記憶を探るように考え込む。
そして、ハッと目を見開いた。
「ああ、思い出した。昔から美里さんに纏わり付く、鬱陶しい蛾だ」
――え? 京介君、何言ってんの?
京介君の口調が、いつもの丁寧すぎる敬語から尊大なものへと変わる。
私は目を瞠った。
喉の奥で低く嗤いながら、京介君の冷然とした眸が凶暴な熱を孕みだす。
唇に刻んだ笑みが酷薄に歪む。
「彼女は大阪を離れ私の元へ来る。貴様の役目はここで終わりだ」
用済みだとばかりにそう言うと、もう悠宇には目もくれず、京介君は私の肩を抱いたまま屋外へと歩き出す。
「あっ、ちょっ、なんでいきなり悠宇蹴るんよ!? 京介君!? ちょっとっ、離してやっ」
私の肩を拘束する京介君の腕が、抗うほどに強さを増してゆく。
痣が出来てしまうのではないかと思うほどに強く掴まれた肩は、振り払おうとしても微動だにしなくて。
痛みに思わず声が上がる。
「みぃちゃん!? なんやソイツ! 見るからにヤバいヤツやんか! お前っみぃちゃんどこ連れてく気ィや! みぃちゃん離せっ!!」
悠宇が私達の後を追ってくる。けれど、黒服のカラス達に阻まれてこちらに来ることが出来なくて。
背後で悠宇が私の名を叫んでいた。
「ゆ、悠宇っ!!」
だんだん悠宇から離されてしまう。
私は掴まれた腕とは反対の手を悠宇へと伸ばした。
京介君の目が不満を露わにすうっと眇められる。
「……忌々しい」