Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
エルマがルドリアとして王城へ来てから、大食堂で食事をしたことは一度もなかった。
まだ姫としての振舞い方を完全には習得していないエルマに配慮して、王家側が意図的に貴人や芸術家を呼んだ大々的な晩餐会を避けているのだ。
貴族は王家のそうした動向に気がついてはいるが、その原因がルドリアにあることは感づかれていないのが現状だ。
貴族たちは隣国の姫などよりも、今後の自分たちの身の振り方に直接的な関係のある王位継承問題のほうに関心があるのだ。
「今日晩餐会が催される、という話は聞いていませんが」
大食堂の扉の前で立ち止まったラシェルに、メオラが硬い声音で問う。ラシェルは振り返ると、安心させるように柔らかく微笑んだ。
「晩餐会などではない。中で待っているのはエルマを知っている者だけだ」
「というと、リヒター、イロ、レガロ、フシル……の四人ということか」
エルマの言葉にラシェルが頷く。
「ちょっと、ややこしいことが起きてな……。まあ、中で話そう」
そう言ってラシェルは扉を開くと、三人を中へ通した。
広い大食堂の中、扉にいちばん遠いところに、例の四人が集まっていた。
イロは気難しげな顔で、その隣に座るレガロは生真面目そうに口元を引き結んでいる。
向かいに座るリヒターはいつもの通りにこにこして、その斜め後ろに控えたフシルはエルマを見ると小さく微笑んで会釈をした。
ラシェルとエルマが適当な席に並んで腰掛け、メオラとカルがその背後に控えると、
「さて」
と、ラシェルが口火を切った。
「エルマはもうレガロから教わったかな。大陸に続く国境のあたりに、セダという街がある。シルクの生産が盛んな街だ」