Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
エルマは驚きのあまりなにも言えなかった。
いつもにこにこと微笑みを浮かべているリヒターが、暗い目をして自らの母親をそんなふうに言ったことがあまりに意外で、あまりに痛々しかった。
「あの……」
遠慮がちに声を上げたのは、エルマの背後に控えたメオラだ。
「ラシェル殿下の近衛兵は、連れて行かないのですか?」
もっともな意見だ。だが、その質問に全員が苦い顔をした。
「ラシェル殿下付きの近衛兵は全員、体調が優れず視察に同行できないそうで……」
レガロの答えに、エルマは目を見開く。
「そんな、ばかな」
「それがどうも、昨日出された夕餉に毒が入っていたようなのです。それもラシェル殿下付きの近衛兵の分だけ
。皆命に別状はないようですが、体に痺れが残ってしばらくは動けないそうです。医務官は食あたりだと言っていますが、彼は王妃側なので……」
どうやら王妃は本格的にラシェルを潰そうとしているようだ。
ここまで来れば、視察先のクランドル領も王妃側と考えていいだろう。
この視察自体が王妃の罠である可能性が高い。
だが、視察へ赴かないわけにもいかないのだろう。
「リヒターが視察に行くわけには?」
「いかないね」ため息まじりに答えたのはリヒターだ。
「クランドル領は兄さんの管轄だから。ここで兄さんが視察を僕に任せたりすれば、『自分の管轄地に責任が持てない王子』と、王妃が兄さんを非難する根拠が増える」
「そうか……」