Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
メオラはささやくように呟いた。
さすがに声が小さすぎて壁の向こうまで伝わらなかったのか、ラグからの返答はない。
(兄さんはいつもそう)
厳しい顔で考え込むこともある。
真剣になにかに打ち込むこともあるし、本当に稀だが怒ることももちろんある。
だけど、妹であるメオラに対しては、いつだって笑顔で接した。
「今日ね、」
だからメオラは、いつまで経っても兄に甘えてしまう。
「ラシェルが訓練場でフシル様と手合わせをしていたの」
「フシル様って?」
「近衛隊の、副隊長。女の人でね、エルマよりも深い緑の髪なの。
リヒター王子付きの近衛で、アルの一族に身を置いていたこともあるんだって」
「へえ」
ラグは驚きに目を見張った。
アルに身を置いていた緑の髪の少女の話ならカームに聞いたことがあったが、近衛隊副隊長になっていたとは。
「で、どっちが勝ったんだい?」
フシルのことは後でカームに教えてあげよう、と心に留めて、ラグは続きを促した。
「フシル様よ。フシル様ってカルにも勝ったんだから、当然と言えば当然かもね。でも、ラシェルもけっこうな腕前だったの」
「そうか。ラシェル殿下もお強いのか。じゃあ、セダ行きのことも少しは安心できるね」
「うん……」と、メオラは曖昧に頷く。
その声に含まれる憂いを敏感に感じ取って、ラグは心配そうに「どうかした?」と尋ねる。