Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
そう言って、エルマはメオラの頭を優しくなでた。
それが照れくさくて、メオラは深くうつむく。
隠した顔がくしゃくしゃになっていることにエルマは気づいているんだろうな、と思いながら。
「さあ、戻ろうか。夏とはいえ夜風は冷たい」
しばらくしてメオラがやっと顔を上げると、エルマが言った。
そして「おやすみ、ラグ」と壁の向こうに声をかける。
ラグも穏やかな声音で「はい、おやすみなさい」と返した。
軽い足音が遠ざかっていく。
ラグが城壁のそばを離れたのだ。
彼が帰っていくのが市の店なのか、森の中の野営地なのかエルマもメオラも知らない。
足音が完全に聞こえなくなった頃に、エルマとメオラも連れたって王城へ入っていった。
いくつかを残して燭台の火を落とした城の中は薄暗い。
それでもさすがに城内の作りに慣れた二人は、迷いなく自室を目指した。
音を立てないよう注意しながら階段を上がって複雑に作られた廊下をくねくねと曲がり、ある部屋の前を二人が通り過ぎようとした――そのとき。
「何度も言っているが、おれはそんなことはしない。もうその話はよせ」
聞き覚えのある声が、部屋の中から聞こえた。低く深みのある、しかしまだどこか幼さを残した青年の声。
(ラシェル?)
エルマも声の主に気づき、立ち止まったまま部屋の扉をじっと見つめた。