Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
「なんだ、カル。じろじろ見るな」
「いや、……ただ、見たことある顔だなと思って」
「…………はあ?」
フシルは思いきり顔をしかめた。「おまえ、気は確かか?」
「確かだよ、失礼な」
「ならさっきのはどういう意味だ。見たことがあるもなにも、もう十日ほど毎日顔を合わせているじゃないか」
「いや、そのままの意味じゃなくてなぁ……」
カルは言葉を捜すように視線を泳がせ、「見たとのある、表情だったんだ」と、呟くように言った。
そうだ。表情。
それは例えば、ラグと話すときのエルマの表情と似ている。
エルマとカームが剣の稽古しているのを見ている、ラグの表情にも。
このところメオラもそんな顔をするようになった。
その表情が示す、憧れによく似た感情の名前は、たぶん。
「……おまえ、リヒターのこと好きだろ」
カルがそう言った、次の瞬間。
フシルの顔が、面白いほど一瞬で真っ赤に染まった。
「な、おまえなにを……! そんな、わたしなどがそんな、王子に恋愛感情など……!」
「当たりだな」
「違うと言ってるだろ!」
「じゃあ、なんでそんなに慌ててるんだよ」
「それは、おまえがいきなり変なことを言うから!」
そんなに変なことだろうか、と、カルは首を傾げた。
物心ついたときから「国」というものに属していなかったカルには、王族に恋をするということがどういうことなのか、うまく理解できなかったのだ。