Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
ゆっくりと、馬が走り出す。
馬車が動き出したとき、カルがなんとなくちらりとフシルを見ると、目の合ったフシルは唇の動きだけでカルに言った。
――帰ったら教えろ。
何のことかは、もちろんわかる。
なぜ、カルのエルマへの想いが辛いものなのか。
フシルはそれが知りたいのだろう。
(近衛隊副隊長のくせに、そういう話は好きなんだな)
苦笑して、カルも唇の動きで答えた。
――やなこった。
不満げなフシルに内心で舌を出して、カルは前を向いた。
四人を乗せた馬車はあっという間に城門をくぐり、人通りの少ない早朝の街道を行く。
目指すは北――クランドル領セダ。
そこにはおそらく、四人の味方など一人もいない。
(でも、守りきってみせる)
今しがたフシルと約束したのだ。
エルマを、メオラを、そしてラシェルを守ると。
(それに……)
カルは切れ長の目を細め、小さく笑う。
馬車のものではない、馬の蹄の音が聞こえたのだ。
それは、四人の乗った馬車が城門を出たときから聞こえていた音だ。
馬車が通っているのとは別の街道を行きながら、しかし着実に馬車を追っている者たちがある。
カルには、それが何者なのかわかっていた。
つい先ほど、街道沿いに建つ家々の隙間から、馬に乗って駆ける人影が見えた。
――たった十五日会っていないだけなのに、ひどく懐かしいその栗色の髪。
それはまぎれもなく、彼の友人の――ラグのものだ。
カルにとって、これほど心強い味方はない。
(アルの連中もついてるんだ。負ける気がしねぇな)
端正な顔に余裕の笑みを浮かべて、カルはまっすぐに進む先を見据えた。