Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
「はい。私は村の病の様子を見て回っているうちに病にかかってしまったのですが、私の医者や侍従たちは病にかかっておりません。……殿下」
「なんだ」
それまで事務的に領地の現状を報告していたギドが、急に切実な声音で言った。
「領民が作物を作れず、病を治す手立ても見つからない今、私の蔵に納められた麦は、この先領民の蓄えが尽きたときに彼らが生きていくために必要です。ですからどうか……」
「わかっている」
ギドの懇願を遮って、ラシェルは席を立った。
「税は民を飢えさせるために取るものではないからな。貴殿は病を治すことだけを考えろ。おれも、なにかできることはないか考えてみよう」
言って、ラシェルはそのまま部屋を出て行こうとする。
エルマも立ち上がって、ギドに会釈すると慌ててその後を追った。
カルもそれに続く。
隣に並んで見上げたラシェルの顔は心ここに在らずといった様子で、なにか別のことを考えているようだ。
おそらくは、クランドル領をむしばむ謎の病についてだ。
「ラシェル殿下」
ギドに呼ばれて、ラシェルは振り返った。
「なんだ」
「殿下が寄越された使者の方々は、病に伏せてしまわれたので我が館にて看病しております。お時間が許せば、この後お顔を出してやってください」
わかった、そうしよう、と頷いて、ラシェルは再び歩きだす。
部屋を出るときにエルマが一度振り返って見ると、ギドはラシェルに向かって、深く深く頭を下げていた。