Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
「俺の故郷の言葉なんですよ。旅立つ者があるときに、みんなで唱える祈りの言葉です」
「へぇ。なんて彫ってあるんだ?」
ラグが遠い目をする。
その視線の先には、彼がもう戻れない、懐かしく暖かな故郷の景色があるのだろう。
エルマはアルの長として、一族の者のそういう目をいくつも見てきた。
「『貴方の道に追い風と一輪の花を』」
エルマは一拍の間、息を止めた。
ラグの声が揺れているような気がした。
「素敵な言葉だな」
言って、エルマは首飾りをぎゅっと握りしめた。
ちょうどそのとき、野営地から「ごはんだよー!」と叫ぶメオラの声が聞こえた。
「あ、ごはんですって。行きましょうか、族長」と、ラグが手を差し伸べた。
もう声は、揺れていない。
エルマはその手をとって荷馬車から降り、野営地へ歩き出したが、ふと少し後ろを歩くラグを振り向いて立ち止まった。
「ラグ、忘れてた」
「はい?」
きょとんとするラグに、表情の変化が少ない顔を珍しく満面の笑みにして、エルマは言った。
「首飾りありがとう。大事にする」
それを見て、ラグは心なしか頬を少しだけ赤くしながら笑った。