Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
ふう、と息を吐いて、エルマは刺客の取り落とした剣を拾い上げると、自分の腰に差した。
そして倒れた刺客の傍にしゃがみ込んで、刺客の顔に巻きついていた布を解く。
布の下からは、見覚えのある精悍な顔が現れた。
「……近衛隊長、だったな」
一度だけ、城にいたときに遠目に見たことがある。
名前は忘れてしまったが、王妃付きの近衛であり、近衛隊隊長でもある男だ。
顔を見られたことで諦めたのだろう。
男は精悍な顔に似合わず弱々しい笑みを浮かべると、「はい」と頷いた。
「やはり王妃の差し金か」
「……私からは何も申し上げられません」
この期に及んでも口を割らない男に、エルマは苦い笑みを浮かべた。
「……まあ、いい。分かりきったことだ」
言って、エルマは短槍の穂先で手に持った布を二つに裂く。
そしてそれを、先ほど自分が斬り裂いた男の腿の傷に巻きつける。
「……あまいですな」
敵の止血をし始めたエルマに、倒れたままの男が言った。
「そうかもしれないな」と、エルマは答える。
それでも手当てをする手を止めはしない。
布を巻きつけてきつく結ぶと、よし、と小さく呟いてエルマは立ち上がった。
「かなり深く斬ったから、出血が止まるまでしばらくかかる。死にたくなかったらわたしやラシェルを追おうとはするな。どのみちその怪我ではわたしには勝てない」