Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-



 ラシェルはしばらく迷うようにそこに留まり、エルマたちを振り返って、



「すまないが、彼らを手当てしていってもいいだろうか」


 と、すこし申し訳なさそうな笑みを浮かべて言った。



「でも、危ないわ」と言うメオラに「気をつける」と返して、ラシェルは倒れた刺客の方へ歩いていく。



 他人の手当てなど王子には不慣れだろうと思ったのか、メオラもついて行った。



 倒れた男の前にラシェルはかがみ、手を差し伸べた。

その手につかまろうと、男は右手を伸ばす。

――その袖の中でキラリと何かが光るのをエルマは見た。



「ラシェル……!」



 エルマが叫ぶのとメオラがラシェルの右手を引くのとは、ほとんど同時だった。



 全体重をかけてラシェルを引っ張ったメオラが、仰向けに倒れる。

それに覆いかぶさるように倒れこむラシェルの左手のひらを、刺客の男が隠し持っていた小刀の刃が浅く切り裂いた。



 メオラを下敷きにしないように、ラシェルはとっさに地に左手をついて体重を支え――次の瞬間、苦悶の表情を浮かべて左手を押さえると、地面をのたうちまわった。



「ラシェル!? おい、どうした!」



 駆け寄って呼びかけるエルマにも答えず、ラシェルは手を押さえたまま唸る。

ラグがラシェルを押さえつけて、左手をつかむと手のひらを上に向けた。


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