Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
「リヒター、さあおいで」
差し伸べられた王妃の手を、リヒターが取る。――その、瞬間。
リヒターがいつもの薄い笑みを浮かべた。
王妃の手を握った左手を強く引き、そして倒れこんできた王妃の首めがけて、右手を一閃する。
――その、手の軌道を追いかける鋭い光。
一瞬の出来事だった。
王妃が首から血を吹き出して、前へ倒れ込む。
それを受けとめたリヒターの右手には、赤く染まった短剣が握られていた。
誰も、何も言わなかった。
何が起きたのかわからず、誰もが固まっている中、リヒターは王妃をそっと地面に横たえた。
見開いたままの王妃の眼を閉じさせ、床に短剣を捨てる。
そうしてリヒターは王妃の従者を見た。
「何をしているんだ。早く、僕を捕らえなさい」
それでも硬直したように動かない全員に、リヒターは「早く」と重ねて言う。
その言葉に、従者の一人が動いた。
戸惑いを隠せない様子でゆっくりとリヒターに近づき、ぎくしゃくとした動きでリヒターの腕をつかむ。
他の者たちも彼に続いた。