Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-



 憎い、はずだ。――それなのに。



 ラシェルが腕を失ったとき、心にぽっかりと穴が空いたような気持ちになった。

あのとき――メオラが井戸に落ちそうになったとき、助けてくれたあの右手には、もう触れられないのか、と。



 ラシェルが傷の痛みと高熱で意識を失ったときは、心配で気が気でなかった。

そして、熱の引いて穏やかに眠る顔を見ている今は、こんなときなのにひどく安堵している自分がいる。



――いつの間に、これほど大きくなったのだろう。



 ラシェルの存在が。エルマや、ラグと同じくらいに大きなものに。



「わたしには、エルマと兄さんだけだったのに……」



 初めに会ったときの印象は最低だった。

偉そうなだけの嫌な奴と思った。けど彼を知っていくにつれて、違うと分かった。



 誰よりも誠実で、実直で、暖かな――エルマの、ような。



 ラシェルは、エルマとよく似ている。

利発なところも、心根をそのまま表したような真っ直ぐな瞳も、優しすぎるところも――すべて一人で背負ってしまうところも。



「だからだわ、きっと……」



 こんなにもラシェルを放っておけないのは、だからだ。それ以下でも、それ以上でもないはず。


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