Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-



 その場に控えていたカルとフシル以外の兵を全員、リヒターが戦闘不能にするまでに、たいして時間はかからなかった。



 そうして物音一つなくなった静寂の中。



「フシル、おいで」



 リヒターが、エルマの背後に控えたフシルを真っ直ぐに見て、言った。



「リヒター王子……?」



「君は僕の近衛兵である前に、この国の兵だ。暴れ出した罪人を止めないと、だろう?」



 その言葉は間違っていない。

だが、わざわざ暴れておいてフシルに捕らえさせるとは、どういうつもりなのか。



 戸惑ったまま動けないフシルに、リヒターは穏やかに笑いかけた。



「――最期に一度、手合わせをしよう」



 優しい、――どこまでも優しい声で、リヒターは言う。


その言葉にフシルは一瞬目を見張り、泣きそうな顔で頷き、腰に下げた剣を鞘から一気に引き抜いた。



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