Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
事態の深刻さを知って、メオラは背中を冷や汗が伝うのを感じた。
だがそれと同時に、腹の底から怒りがふつふつと湧き上がる。
ラシェルは「ルドリアの影武者」という重大な役目をエルマに託そうというのに、冗談を言って本題を言わず、エルマを挑発し、ふざけた態度を取った。
そしてそれだけではなく、アルの民を「耕地から逃げ出してふらふらしているような流民ふぜい」と言った。
それは違う、とメオラも思った。
アルの民はなにも、地代を払えず生活にあぶれた小作農の集まりというわけではない。
たしかにそういう者もいるが、彼らにだってやむにやまれぬ事情があるし、アルの民には他にも、実にさまざまな者がいるのだ。
それぞれの国や地域で、それぞれの理由でそこにいられなくなってしまった者が、偶然通りかかったアルの仲間となっていくのだ。
ラグやメオラのような戦争孤児もいる。
カルは奴隷商から逃げてきたところをエルマがアルの元に連れ帰った。
陰謀により主君一家を失った騎士も、宗教の対立から学院を焼き討ちに遭った学者も、有力者の意に沿わずに郷里を追われた医者もいる。
皆、それぞれの過去を背負って、ともに暮らしている。
そこには帰りたい故郷への思いがあって、会いたい人への思慕がある。
だけど帰れない、会えない。
置いてきたものを懐かしみながら、アルの民は旅をするのだ。
それを、自国しか見たことのない、下手をすると城の中の世界しか知らない少年などに、わかったような口を聞かれたくない。