Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
「この悪魔め!」
民の一人が叫んだ。
それを契機に、集まった群衆がそれぞれ口汚く罵り合う。――そのとき。
ヒュッ、と、風を切る音がした。――矢、だ。
気づいてはいたが、エルマは動かなかった。
ただ前だけを見据えたエルマの視界の端で、何かが強い光を放つ。
それが陽の光を反射した剣の輝きだと悟ったときには、固い音がして、矢は真二つに斬られて地に落ちていた。
エルマのすぐ隣で、ラグが剣を鞘に納める。
そのときには、広場のざわめきは鎮まっていた。
誰もが驚きで口がきけなかったのだ。突然飛んできた矢に。そして、それを難なく斬り落としてみせた男に。
「やはり、来たか」
ディネロが言った。
サリアナからの襲撃は予測していた。
そして、襲撃されるとすれば、エルマが現れることで民衆がざわめいたそのとき、その中に紛れて矢を放つだろうと。
誰もウィオンの迷信を信じていないこの国で、国母という立場から、民衆の眼前で兵を動かしてエルマを襲撃することはできない。
ならば手段はそれしかない。