Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
一瞬の沈黙の後。
差し伸べたエルマの手の先に、小さな拍手の音が鳴った。
その音がテオかマリのどちらかのものだと、エルマとラグは知っている。
そのために二人や他のアルの民を紛れ込ませたのだ。民を扇動する者が必要だったから。
エルマの思惑は成功した。一人、また一人と、その音が広がっていく。
数秒の後には、広場は拍手喝采に包まれていた。
成功、という言葉と共に胸に湧いたのは、喜びよりも安堵。
エルマは深く息を吐いて、ディネロに目を向けた。
ディネロは静かに、その視線に頷きを返した。
ディネロと、そしてラグには、あともう一仕事、するべきことがある。
「――両国の民よ、聞いてくれ」
ディネロが言うと、沈黙がさざ波のように広がっていく。
「ルイーネとシュタインは、長らく婚姻による和平を結んでは戦を始め、疲弊すればまた婚姻による和平を結ぶということを繰り返してきた。しかし私は、二度とそのようなことを繰り返したくはない。此度の和平を、恒久のものとしたい」
民の顔に喜びの色が浮かんだ。手を取り合って喜ぶ者もいる。だが。
「――故に、今回の婚約を破棄する」