Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
なおも反論しようとしたラシェルは、そのとき、足音を聞いた気がして振り返った。
それと同時に、カーテンの向こうから、
「イロに兵を動かすよう入れ知恵したのは、僕だよ」
と声がした。
カーテンから顔を出したのは、金の髪と金の目が美しい青年だ。
「……リヒターか」
名を呼ばれた青年は微笑み、「やあ、兄さん」と、手を振った。
リヒター・セルディーク。ラシェルと腹違いの弟で、現シュタイン王王妃の第一子。
シュタイン王国第二王子だ。
「どうなの? 影武者の女は」
ラシェルの傍まで来ると、リヒターがにこやかに尋ねた。
「やってくれるそうだ。アルの民に出入国の際の免税を認めることと、半永久的に効力を持つ営業許可証の発行を条件に、な」
肩をすくめてラシェルが答えた。
「今はルドリア姫の部屋に?」
「いや、いま免税を認める書状をレガロに用意させているんだ。
その間、エルマ達には適当な部屋で待ってもらっている。
書状はエルマ自ら、アルの元へ持っていってもらうことにした。
別れくらいは言わせてやろうと思ってな。
……それよりおまえ、あんな無礼な真似をするなんて、聞いてないぞ」
言って、ラシェルはリヒターを睨みつけた。
リヒターはそれを意に介したふうでもなく、ただにこにこと笑っている。
「兄さんは優しいからね。言ったら反対しただろう?」
その言葉にむっとして、ラシェルは顔をしかめたが、なにも言わなかった。