Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
一度「姫」として大衆の前に出たエルマがアルに戻っても旅先で正体が知れたりはしないだろうか、と誰もが心配したが、それについては何も問題は起きなかった。
化粧もせず髪も結い上げず、ドレスも着ていなければ、エルマを見ても誰も姫を連想しないのだ。
それは、エルマ姫がこのイスラ半島で「救国の英雄」としておとぎ話の主人公にされていることが、理由としては大きいのだろう。
人はおとぎ話の人物を無意識に現実に存在しないものと思い込んでしまうものだ。
「……それじゃ、ますます明日が楽しみだな」
もうほとんど沈みかかっている夕陽に目を細め、エルマが言うと、カルとラグが頷く。
「久しぶりにフシルと手合わせができるしな」
「カルはそれが目当てじゃないのか?」
「ちげーよ馬鹿」
茶化すエルマに、カルが即座にそう返すが、あまりに早すぎるその反応にエルマとラグは顔を見合わせて吹き出した。
「笑ってんじゃねえよ」
呆れたようにため息をついたカルの肩を、エルマとラグが「ごめんごめん」とかるく叩くが、二人とも相変わらずにやにやしていて、カルは再びため息をついた。