Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
皆の顔をぐるりと見渡し、メオラは最後にエルマを見る。
その赤い眼をまっすぐに見て、ゆっくりと頷いた。
「今、言った方がいい」
静かに言うと、エルマも頷き返した。
「皆に話さなきゃいけないことがある」
エルマは言って、銀の筒に入れたままの残りの一枚を取り出し、ラグに向かって広げてみせた。
それは、ラシェルの「頼み」をエルマが引き受けた旨を記した、契約書だ。
ラシェルの署名の上、そこに記された文面を、ラグは読み上げた。
「アルの民の長であるエルマが、当方の提示した条件を全うする場合において、越境時の免税、夏市においての営業を認めることを了承する」
「その条件とは?」
カームがすかさず訊いた。
エルマは背後にリヒターの視線を感じながら、慎重に答えた。
「わたしと、それからメオラは、しばらく王城で……働かなければなりません」
「どんな仕事だ」
「……言えません」
「しばらくと言ったが、いつ頃戻れる」
「わかりません」
ガヤガヤと、野営地中がざわめき始めた。
どんな仕事だろう。
危険な仕事でなければいいが。
いや、おれらアルの民の皆に話せないんだ、危険な仕事に決まってら。
いつ戻れるかもわからないなんて。
そもそも戻ってこられるのか。
ばかっ、おめえ縁起でもないこと言うんじゃねえ。
そんな囁きが飛び交う真中、カームがため息をついた。
「話にならんな。……エルマ、一族のためとはいえ、そんな何だかよくわからない話に、おまえが乗る必要は」
「これは、」
カームの言葉を、エルマが声を上げて遮った。
最後まで聞いてはいけない。
きっと自分は、そこに甘えてしまう。
気を抜けばくしゃくしゃに歪んでしまいそうな顔を、精一杯引き締めて、エルマは言った。
「ラシェル殿下と、アルの長であるわたしが、互いに了承し決定したことです。……今さら違えたりは、しません」