Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
最後にエルマが跪こうと腰を落としたとき、リヒターは笑ってそれを制した。
「エルマはされるほうでしょ」
エルマにだけ聞こえるように囁いて、リヒターは花が咲くように美しく微笑んで見せる。
だが、その目はまったく笑っていない。
おまえはもうこの一族の者ではないのだと、その花の棘で、突きつけられている気が、エルマにはした。
諦めて、おとなしくそのまま立っていようとしたエルマは、唐突に強い力で引っ張られて、地に片膝をついた。
メオラとカルが、エルマのマントの裾を掴んで跪かせたのだ。
二人とも怒ったような顔をしていた。
リヒターに対して膝をつかなかったことを怒っているのだと、エルマははじめ思ったが、視線を追ってみると、二人が睨んでいるのはリヒターだ。
「エルマはこっちよ。あんたたち王家には渡さない」
くちびるを震わせて、しかし強い光を空の瞳に湛え、メオラが言う。
その言葉が、エルマの眼に温度を与えた。
(なにを諦めていたんだろう、わたしは)
エルマは、王家の言いなりになろうとした自分を叱咤した。
ラシェルの命令を承諾しなければ殺す。
承諾しても役目を終えれば口封じのために殺す。
そんな王家のやり方に憤りを覚えたのは、つい先刻のことだ。
なぜ、抵抗を諦めて従うつもりでいたのだろう。
なぜ、望まぬ死を受け入れようとしていたのだろう。
――お前は誰だ。
自分に問う。
その耳に甦るのは、メオラの言葉。
エルマはこっちだと、彼女は言ったのだ。
エルマはアルだと。
――わたしは〈アルの民〉のエルマ。流浪の民の長!