Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
その彼は今、あのときの約束を守ろうとしてくれている。
長としてのエルマを支える彼として、このアルを、エルマの代わりに守ると言ってくれている。
――エルマが帰るまで。
(なら、こちらが違えさせるわけにもいかないな)
エルマは泣き笑いのような顔で苦笑して、「頼む」とだけ言った。
言いたいことはたくさんあったし、詫びと礼をしたかったが、それはアルに帰ってきてからにしようと思った。
それを、彼との二つめの約束にしようと思った。
彼は、そのことを知らないけれど。
「じゃあ、話はついたことだし」
しみじみした空気を換えるように、リヒターは明るく言って立ち上がった。
「積もる話もあると思うから、僕はお暇しよう。エルマ、アルの野営地を見て回ってもいいかい? 実は前々から、アルがどんな生活をしているのか、興味があったんだ」
そう言いながらも、リヒターは今にも天幕を出て行きそうだ。
駄目だなどという答えが返ってくるとは、はなから思っていないようだ。
「どうぞ」と、エルマが答えると、「ありがとう」と返してすぐに出て行ってしまった。
天幕に残った三人は、しばらく誰も何も話さなかった。
カームは厳めしい顔で地を睨み、エルマは気まずそうに、正座した自分の膝を見つめた。
ラグはそんな二人を交互に見ていた。
「あの……俺、探しますから」
ついに沈黙に耐えきれなくなったラグが言った。
エルマもカームも顔を上げて、きょとんとした顔でラグを見る。
「探すって、何を……?」
エルマが訊いた。
「ルドリア姫を、です。俺、なんとかして探します。族長が早く帰ってこられるように」
ルドリア姫が帰ってきて、エルマが用済みになれば、殺されるかもしれないという可能性には気づいているのか、いないのか。
いずれにしても、彼の厚意がありがたかった。
「帰ってくるから」
エルマは言った。
「必ず、なんとしてでも帰る」
待っていてくれると、そう言ってくれる人がいるから。
ラグは黙って頷き、カームはただぽんぽんと叩くように、エルマの頭を不器用に撫でた。