Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-



「でも……」


「本当は俺もついて行きたかったですけど、俺は族長がいない間、一族を任されましたから……。カルがついて行くなら安心です。きっと族長の役に立ちますよ。

王城は思っているよりも危ないところだから、族長のそばにはできるだけ武に長けた者をつけたい、だから、カルが来るなら好都合だって、リヒター王子も仰っていました」



「それはいつのことなの? 兄さん」



 メオラが訊いた。


「昨晩、夜が更けてから。リヒター王子と、俺とカルで話したんだ」



 ふうん、とメオラが相づちを打つ。そして、そっとエルマを見上げた。



 エルマはため息をついた。



「しかたない。連れて行こう。……だが、カル。王城で生きていくには、まず言葉遣いと立ち居振る舞いに気をつけないと」



 エルマが半ば本気で心配したように言うと、メオラとラグが吹き出した。


だが、カル本人の返事は「おう! 任せとけ!」と、いかにも軽々しい。



 ちょうどその時、カームが馬車から出てきた。

すると、それが合図であったかのように、エルマとメオラはそれぞれ地面に転がしてあった荷を拾い、肩に掛けた。

入っているのは、護身用の短剣と、数日分の衣類だけだ。

いつ帰って来られるかわからないような「外出」なのに、荷はこんなに軽いのかと思うと、気持ちが沈みかけた。



「それじゃあ、行ってくる」



 一族の者たちの顔を見渡して、エルマは努めて明るい声で言った。

皆口々に、「行ってらっしゃい」「気をつけて」と別れを言った。泣き出す者もあった。


そして最後にラグが、


「行ってらっしゃい、エルマ」


 と、言った。



 彼が久方ぶりにエルマの名を呼んだのを、とくに違和感も抱かずに受け止められたほど、自分が「族長」であった期間は短かったのかと、エルマは思った。



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