Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
少女にしては落ち着いた低めの声が祈りを唱え終えると同時に、雄鹿は息をひきとった。
少女がふう、と息をついて、額の汗を拭ったとき、さきほどまで少女が潜んでいた藪から、ガサゴソと音を立てて、長身の青年が出てきた。
「仕留めたか。さすがだな、エルマ」
エルマと呼ばれた少女は背後をふり返ると「カル」と青年の名を呼んだ。
カルはエルマの仕留めた鹿を見て、「これはまた、デカいのを…」と、ため息混じりに言った。
エルマが夕焼け色の大きな目を細め、白い歯を見せて誇らしそうに笑う。
「今夜は鹿肉だな」
「そりゃあ楽しみだ。早いとこ帰って、メオラにでも料理してもらおう」
カルはそう言うと、普通の雄鹿より一回りも二回りも大きな鹿を片手で担ぎ上げた。
普通の人なら、カルの怪力に驚いて肝をつぶすものだが、長いつきあいなだけ、エルマは慣れたもので顔色一つ変えない。
「行こうか」と言って、二人で来たほうへ歩き出した。
人の手が入っていない、完全な自然の森。
道のない、標のない森のなかであるにもかかわらず、二人の歩みに迷いはない。
狩人らしくするどい目をして、木々のあいだを音もなく歩きながら、仲間の待つ野営地を目指した。