Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
リーラは気安い性格ではあるが、上下の分はわきまえているらしい。メオラの敬語については言及しなかった。
「ところで、」
ふと思い出して、エルマは言った。
「ラシェル殿下がわたしに会わせたいとおっしゃっていたのは、あなたのことでしょう?もう一人会わせたい人がいると聞いたのだけど……」
とたんに、リーラは苦々しげな顔をして、「しまったわ」と呟いた。
「ついおしゃべりにかまけてしまって、忘れていたわ。南陽の鐘が鳴るまでに、ルディを連れていくと約束したのだけど」
そのとき、王城の広間の中央に建つ鐘楼から、鐘の音が鳴り響いた。
間違いなく、南陽の鐘だ。
「あら、鳴っちゃったわ」
さして慌てたふうでもなく、リーラが言う。
「じゃあ、おしゃべりもそのくらいにして、そろそろ行こうか」
やれやれというふうに首をすくめて、リヒターは扉を開けて、そのまま二人の姫が先に通れるように待っていた。リーラが彼に礼を言って、まず先に部屋の外へ出て、エルマもそれに続く。
すると、ドレスの袖を引っ張って、リヒターがエルマを呼び止めた。
「彼女は君のことを知らないよ。気をつけて」
リーラに勘付かれないように、耳元でそう囁くと、リヒターはドレスの袖をつまんだ指をはなした。
言葉は少なかったが、リヒターの言いたいことはわかる。つまりは、ルドリアが本当はエルマであることを、リーラに勘付かれないように気をつけろ、ということだ。