Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
エルマは頷いて、扉の外へ出た。
部屋の外で待っていたリーラに、エルマが追いつこうとしたとき、リヒターが「そうだ、ルドリア」と、エルマを呼び止めた。
「さっきリーラも言っていたけど、僕や兄さんには、君は敬語を使う必要はないよ。名前も僕のことはリヒター、兄さんのことはラシェル、と呼んでくれてかまわない。ルイーネの王城ではどうだったかは知らないけれど、僕らはそのほうが気が楽なんだ」
それは多少気が引ける一方で、ありがたい申し出でもあった。
流浪の民であるエルマにとって、カームから教わったとはいえ、使い慣れない敬語はやはり話しにくく、ときどき舌を噛みそうになるのだ。
「わかった、そうする」
と、エルマは素直に頷いた。
それに笑い返したリヒターはふと、隣に立ったまま部屋を出ようとしないメオラを見た。
「君も出なよ」と促したが、メオラは首を横に振った。
「いえ、わたしは侍女の仕事がございますので。それに、ラシェル殿下はわたしも行けとはおっしゃいませんでした」
リヒターを一瞥もせず、リーラと並んで歩いていくエルマを見送るメオラの顔は、最前リーラと話したときの笑顔が嘘のように静かで、口元は固く引き結ばれていた。
「ジラにでも言って代わってもらえばいいよ。今から会いにいく人は、君も会ってみて損はないと思うし」