Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
エルマが出立する前の晩に、メオラはラグにこんな提案をしたのだ。
「わたしが王城に入ったその日の晩、夜に瞑唱の鐘が鳴ると同時に、明かりを持ってエルマの部屋の窓を開けるから、兄さんはランプを持って外壁の西側で待って、わたしを見つけたら手に持ったランプの火を消して。
わたしはそれに気づいたらすぐに明かりを消し、またつける。
それを確認したら、兄さんはもう一度ランプの火をつける。
それをエルマの部屋がここだという合図にするわ」
どうしてエルマの部屋が城の西側にあるとわかるのか、とラグが訊くと、
「リヒターに訊いてきたわ。
『まさかエルマを窓もなくて重苦しい独房みたいな部屋に閉じ込めたりしないでしょうね』って言ったら、そんなことはしない、って。
『エルマにはルドリア姫が使っていたのと同じ部屋を使わせるつもりだよ。最上階で、夕方にはシュロスの街が夕陽に染まる景色を見られる、いい部屋だ』って。
あんなに簡単にお姫様の部屋の場所を発表していいのかしらね、まったく」
と言って、肩をすくめた。
そして続けて言うには、
「シュタインでは日に四度鐘が鳴るでしょ?朝に早陽の鐘、昼に南陽の鐘、夕方に晩陽の鐘。
それから夜、誰もが夕餉を終えて眠る準備をし始める頃に、瞑唱の鐘。
わたしは早陽の鐘が鳴る頃にエルマの部屋の窓際に花を三輪飾るわ。
それを、南陽の鐘が鳴る頃に一輪、晩陽の鐘が鳴る頃にもう一輪、というふうに抜き取っていく。
それを、エルマは無事だ、という合図にするわ。
面倒ではあるけど、兄さんはそれを鐘が鳴るごとに確認しに来てほしい。
そしてその合図がなされなければ、瞑唱の鐘が鳴るときに、エルマの部屋の真正面あたりの外壁で落ち合おう。
壁越しだけど会話くらいならできる。
わたしが行けないときはだれか代理の者を寄越すつもりだけど、もし……そんなことは起こらないと信じたいけど、もしも瞑唱の鐘が鳴っても誰も来なければ、最悪の事態を想定しておいたほうがいい。
それから、このことはわたしと兄さんと、カーム様だけの秘密にしておきましょう。
カルにも、エルマにも、言ってはだめ」
わかった、と、ラグは二つ返事で頷いた。
じつはラグも、城へ入った二人の様子をなんとかして知る方法はないかと考えていたところだったのだ。