Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
だがそんなことよりも、エルマはその髪から目が離せないでいた。
その、緑の髪。エルマの新緑の髪よりもいくぶんか深い緑の長い髪。
エルマはヴェルフェリア大陸中を旅してきたが、自分以外に緑の髪をもつ者を見るのは、これが初めてだった。まさか、王城内で出会えるとは――。
「あーっ! エルマじゃねえか!」
エルマの思考は突如鳴り響いた大声によって遮られた。
ぎょっとして振り返ると、カルが手を振って駆け寄ってくるところだった。
遅れて自分が今「エルマ」と名前を呼ばれたことに気がついて、エルマは顔からさっと血の気が引いていくのを感じた。
(あのバカ……!)
訓練場にいたほかの近衛兵たちは、何事かと顔を上げる。
リヒターはいつも浮かべている笑みを引きつらせ、リーラはきょとんとした顔で、エルマとは誰のことかと、辺りをきょろきょろと見渡している。エルマがその場から逃げ出したい気持ちにかられたとき。
「無礼者!」
駆け寄ってくるカルの左頬に、強烈な蹴りが炸裂した。
それをくらったカルが真横に吹き飛ぶ。
「いってぇな……」とぼやきながら顔を上げたカルの前に仁王立ちしたのは、カルを蹴り飛ばした緑髪の女だ。
「貴様、この方を誰と心得る! ルイーネ王国第一王女にしてラシェル王子が婚約者、ルドリア姫にあらせられるぞ!」
恐ろしい形相で女は怒鳴る。
それを聞いて、ようやくカルは自分の間違いに気がついたようだ。
慌てたように、「すみませんっ、あの、知り合いに似てて……」と取り繕った。
女はカルに何事かぼそぼそ言うと、エルマのところへ戻ってきて、跪いて頭を下げた。