Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
「なんだよ、いい年してお兄様大好きかよ」
「そうだね。僕は兄さんを敬愛しているし、この国の王になってほしいと思ってる」
「……自分がなりたいとは思わねえのな」
「うん。血筋という一点を除けば、誰がどう見たって兄さんのほうが王にふさわしいからね。兄さんは文にも武にも長けていて、快活で、そのうえ下の者にも優しい」
にこにこしながら語るリヒターに、カルは苦い顔をした。
「そんだけ兄貴のこと大事にしてんのに、周りはおまえの気持ち無視してラシェルの反対派に担ぎ上げてるなんて、……なんか、ままならないもんだな」
カルの呟きに、リヒターはなにも言わずに微笑んだだけだった。
そうこうしているうちに、重々しい鐘の音が響きだす。その音と同時に、カルが慌てたように立ち上がった。
「やっべ! 俺、晩陽の鐘が鳴る前に部屋までエルマを迎えに来いってあの女に言われてたんだ。んじゃあ行ってくるわ!」
そういえば、と、リヒターは思い出した。
フシルがカルを蹴り飛ばした後に何事か話していたが、このことだったのか。
わたわたと兵舎に駆け込むカルを見送って、リヒターは小さく伸びをすると、「さて、僕も戻るか」と呟いて、夕陽を顔に浴びながら居館へ帰っていった。