Elma -ヴェルフェリア英雄列伝 Ⅰ-
そんなことをしたら、ラグにエルマの無事を伝える者がいなくなってしまう。
エルマになにかあったときに城外に助けを求める手段がなくなってしまう。
もちろん、そんなことはラシェルには言えないが。
「だよな。なんとなく、そう言う気はしてた」
「それに、あなたに帰してやると言われたところで、信用できないし」
言って、メオラは水汲みの作業に戻る。
ずいぶん時間をくってしまった。
侍女長に怒られるかな、と、ため息をついて、二つ目の桶を引っ張り上げようとしたとき。
目の前を一瞬、羽虫が横切った。
それにびっくりして、メオラはとっさに縄を手放した。
すると、引き上げる力を失った桶が勢いよく落下していく。
考えるより先に手が動いて縄をつかみ直し、その瞬間、体がぐん、と下に引かれるのを感じた。
「あっ……」
縄を急につかんだせいで、重さに負けて引っ張られたのだ。
そう気づいたが、もう遅い。
混乱して縄を放すとこもできないまま、かかとが地面から浮き、目の前に井戸の穴の闇が迫る。
(落ちる)
メオラがぎゅっと目を閉じた、そのとき。
背中に体温を感じて、次の瞬間には井戸に落ちかけていた体が止まっていた。
おそるおそる、メオラは目を開ける。
最初に目に入ったのは、自分の肩のあたりに巻きついた誰かの腕だった。
すぐに、ラシェルが助けてくれたのだと理解した。
ラシェルは右腕でメオラを抱きとめ、左腕を井戸の縁について体重を支えていた。