ラスト・ジョーカー
3
*第一章 この命は誰のもの 3*
その日、支配人は店を開かなかった。
理由はエルにはわからない。
尋ねる機会も、権利もない。
エルにわかったのは、客寄せに歌を歌えと言われなかったことと、夜になっても客が来なかったことだけだ。
それから何日か経ち、何回か見知らぬ男たちが小屋に入ってきては、
置いてある生き物たちを檻ごと運びだしていった。
その間も店は開かなかった。
店を、たたむのかもしれない。
エルがそう思いはじめた頃、支配人が二人の男女を連れて小屋に入ってきた。
エルはその二人を知っていた。
あの日、エルに石を投げた二人だった。
男のほうは全身に黒い服を纏い、髪も墨をかけたような黒だ。
その髪の間からのぞく赤い切れ長の目でエルを見据えている。
それは見ているというより、黒豹が獲物を狙っているような目つきだった。
対して女のほうは、桃色のふわふわした髪を胸のあたりまで伸ばし、同じ色の大きな瞳は眠たそうに垂れている。
小柄な体躯とあいまって、一見すると可愛らしい容姿の彼女は、しかし、その瞳に冷徹で酷薄な光を浮かべていた。
「エル、というそうね」
女が言った。
見た目に似合わず低く硬い声だ。
エルは黙って頷く。
すると女は不機嫌そうに、「それだけ?」と尋ねた。
意味がわからずにエルが首をかしげたが、女はむっつりと押し黙ったままだ。
「フルネームは」
今度は男が言った。
その日、支配人は店を開かなかった。
理由はエルにはわからない。
尋ねる機会も、権利もない。
エルにわかったのは、客寄せに歌を歌えと言われなかったことと、夜になっても客が来なかったことだけだ。
それから何日か経ち、何回か見知らぬ男たちが小屋に入ってきては、
置いてある生き物たちを檻ごと運びだしていった。
その間も店は開かなかった。
店を、たたむのかもしれない。
エルがそう思いはじめた頃、支配人が二人の男女を連れて小屋に入ってきた。
エルはその二人を知っていた。
あの日、エルに石を投げた二人だった。
男のほうは全身に黒い服を纏い、髪も墨をかけたような黒だ。
その髪の間からのぞく赤い切れ長の目でエルを見据えている。
それは見ているというより、黒豹が獲物を狙っているような目つきだった。
対して女のほうは、桃色のふわふわした髪を胸のあたりまで伸ばし、同じ色の大きな瞳は眠たそうに垂れている。
小柄な体躯とあいまって、一見すると可愛らしい容姿の彼女は、しかし、その瞳に冷徹で酷薄な光を浮かべていた。
「エル、というそうね」
女が言った。
見た目に似合わず低く硬い声だ。
エルは黙って頷く。
すると女は不機嫌そうに、「それだけ?」と尋ねた。
意味がわからずにエルが首をかしげたが、女はむっつりと押し黙ったままだ。
「フルネームは」
今度は男が言った。