ラスト・ジョーカー
普段はまったく風のない砂原だが、今日は朝からゆるやかな風が吹いていた。
穏やかな風を全身に受けて、すう、と深く息を吸い込む。
(なんだか今日は、いつもと違うことが起こりそうな予感がする)
なんとなくそう思った、まさにそのとき。
「あれ?」
遥か地平の上に黒い点を見た気がして、エルはじっと目を凝らした。
やっぱりある。黒い点。ちょうど隊商の進む方角に。
裸眼では無理があるか、と思って、エルは幌馬車の上にから身を乗り出して、隊商の先頭を歩く麻由良に声をかけた。
「麻由良さん、遠くになにか見えます。双眼鏡を貸してくれますか?」
とたん、麻由良の顔が緊張にこわばった。
麻由良は馬車の御者台を振り向いて、「ミオ、エルに双眼鏡を」と言う。
すると、エルには幌が邪魔をして見えない御者台から「はーい!」と、ミオの声が聞こえた。
ミオが御者ということはさすがにないだろうから、おそらく御者の隣か膝の上にでも座っているのだろう。
しばらくして、幌馬車の中から出てきたミオが「エルおねえちゃん!」と呼ぶ声がしたので、エルは幌馬車の上から飛び降りた。