ラスト・ジョーカー



 お礼を言おうと思って呼びかけると、ゼンが不機嫌そうにエルを見た。


エルとゼンの目と目が合う。


――トクン、と、心臓が大きく跳ね上がるのを、エルは感じた。



 なんだか急に恥ずかしくなって、今度はエルが目をそらした。



 心臓が早鐘を打って、酒を飲んだわけでもないのに顔が熱い。



「あ、あたし、酔ったみたい!」



 気づくとそんなことを口走っていた。



「は? おまえ酒飲んでねぇだ……」



「暑いから、外に出てるね!」



 ゼンの言葉を遮って、エルは宿屋を飛び出した。



 そっと扉を閉めて、入り口のわきにちょこんと腰掛けると、冬の冷たい空気が火照った頬を冷ましてくれる。


冷静になると今の自分の行動がどれだけ挙動不審だったかわかって、エルは立てた膝に顔をうずめた。



(ゼンにちゃんとお礼言わずに出てきちゃった……)



 バカ。と、心の中で自分をなじる。ほんとバカ。



(だって、ゼンがなんだか最近優しいから、びっくりして……)



 そう思いかけて、違うな、と思った。



(ゼンは最初から優しかったわ)



 なんにも知らなかったエルに、世界の話をしてくれたときも。

マントをくれたときも。歌を聴いてくれたときも。



 冷たい風が吹いて、手足がぶるっと震える。


マントを部屋に置いてきてしまったから、やっぱり外は寒い。


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