ラスト・ジョーカー
「だって、事実だもの」
「それでも、心は人間だ。勝手に化け物にされただけの、ただの女の子だろ。……自分で自分のこと、化け物とか言ってんじゃねえよ」
ただの女の子。
それは、なぜだかひどく懐かしい響きの言葉だった。
失った記憶を閉じ込めた頭が、思い出すのを拒むようにズキリと痛む。
ずっと昔に、「ただの女の子」になりたいと願っていたことがあった。
どれだけ願ってもそれが叶えられることはなく、いつの間にか願うことをやめていた。
失った分の記憶を生きていた昔の自分が、どんな状況にあって、なぜそんなことを願ったのかは、わからない。
けれどその願いは、――今この瞬間に、叶えられたのかもしれない。
「……ありがとう」
ゼンに聞こえるかどうかの小さな声で、囁くようにエルは言った。
ゼンからの返事はない。でもきっと、緩やかな風に乗ってゼンの耳に届いただろうという気が、エルにはしていた。
ミオの匂いが強くなってきた、風に。
この暖かい匂いを、あの太陽のような笑顔を、消させなどしない。
胸に下げた銀の鈴を握り締めて、エルは塔へ急いだ。