ラスト・ジョーカー
エルは悔しげに唇を噛み、すぐさま手錠を拾い上げた。
麻由良が「エル」と呼び止めるのも構わず、自分で自分の両手首に手錠をはめる。
そして、こわばった顔のゼンを安心させるように一度微笑むと、エルは男の方へ歩き出した。
一歩。一歩。
足を踏み出す。男を焦らさない程度に速く、男を警戒させない程度に遅く。
一歩。一歩。
やがて男のもとにたどり着いたエルに、男が手を伸ばそうとしたとき。
エルは両手をふさがれた状態で大きく跳びあがり、男の横面を蹴りとばした。
倒れる男にかまわず、エルは男のそばにいいたミオの腕をつかんで強く引き寄せ、その勢いのままにミオを麻由良のほうへ突き飛ばした。
倒れかけたミオを、麻由良が抱きとめる。
それを見て微笑んだエルは、静かに振り返った。
エルに蹴りとばされた男はすでに起き上がって、怒りで顔を真っ赤にしてエルの背後に立っていた。
男がなにも言わずに左腕を上げる。
殴られるとわかっていながら、エルは避けることもせずじっと男の目を見つめた。
すぐ隣には空。壁はない。
このまま殴られれば、この空に投げ出されて落ちてしまう。