ラスト・ジョーカー
それでもいいと、エルは思っていた。
人間を傷つけた異形は死罪。
すでに男を攻撃したエルは、ここで生き延びてもいずれ死ぬことになる。
――ならば、ここで落とされても同じこと。
(それに、超人的な治癒力を持つあたしなら、もしかしたら落ちても死なないかもしれないし)
薄く笑って、エルは目を閉じた。
空気の動く音がする。男の拳が迫る。――そのときだ。
「エル!」
呼ぶ声がして、エルは目を開けた。
その瞬間、誰かに強く腕を引かれた。
見なくても、誰だかわかる。――その、暖かい手。
引っ張られたエルと入れ替わりに男の前に躍り出た影を、エルは大きく目を見開いて見つめた。
「……ゼ、ン?」
呟く声に、重ねて。
鈍い音がした。
ゼンの細身の体が空の中へひらりと舞う。
痛そうに歪めた顔が、見る間に落下していく。
自分の代わりにゼンが殴られたのだと悟って慌てて伸ばした手は、落ちていくゼンの指先に触れ、宙を掻いた。
「やだ……ゼン!」
叫ぶエルの声は、空に響いて消えた。
伸ばした手のひらの先で、ゼンの姿がどんどん小さくなっていく。
小さく、小さくなって、塔下の森へ吸い込まれていった。